カーテンを開けたまま眠ってしまっていたので、眩しい陽射しに起こされた。
冷え切ったワンルームの隅で毛布に包まり、頭は割れるように痛い。
這うようにしてシンクまで移動し、蛇口をひねる。喉を鳴らしながら水を飲む。
玄関に脱ぎ散らかしたブーツを横目に、ユニットバスに向かう。
「ホテルへ行こう。セックスをしよう」と大胆かつ簡潔なセリフを口にした覚えがあるが、前後の記憶はあまり無い。狭苦しい自分の部屋で目覚めたところで大よその察しはつく。
熱めのシャワーを頭から浴びながら、記憶の糸口を手繰ろうとするがうまくいかない。
大事なのは嗅覚だ。
匂いというのは記憶や思い出に直結しやすい。
歯痒い。
香り付きの消しゴムを口に入れても期待していた味ではないように、嗅覚というのは脳を錯乱させる。
美味しそうな匂いをいくら嗅いだところで、空腹は満たされないし、歯ごたえも味も何もない。雲をつかもうとするのと同じ。
異性から漂う香りが好きだ。
香水や派手な化粧品の臭いではなく、シャンプーやボディクリームの匂いが。
コートに微かについた残り香が、片方だけ貸した手袋が、幸せの余韻。
激しい頭痛が、その余韻を邪魔する。
僕の電話帳に、彼女の番号は登録していない。
彼女の電話帳にも、僕の番号は登録されていない。
ただ、僕が電話をかければ彼女は電話に出る。知らない番号からの着信だとは思わない。
メールアドレスも知らない。あえて聞くのも、もう億劫だ。
ベランダに出て、外を見下ろす。
クリスマスイブのせいか、日中の道路は混んでいる。
陽射しの色は午後の色に変わろうとしている。
予定は特に何もない。
恐らく永遠に続くと思われる、普段の日々と何も変わりはしない。
きっと、そうだ。