HAPPY! I SCREAM

妄想雑記

バスタオる、バスタオれない

「お前、明日から雑巾な」

長年、ご家族の湯上がりを包みこんできた僕に下された唐突な降格宣言。

ついさっきまで、のんきに洗濯槽の中で揺蕩っていたが、まさか最後の入浴になるとは夢にも思わなかった。

衣類という職業の中でも、僕たちバスタオルというのは異質だ。洋服たちのようなファッション性こそないものの、肌ざわりの質感や吸水性に関しては他の布よりもかなり特化している。身体を拭く、という単純ながら必要不可欠な存在への矜持さえあった。

しかし今後は身体を何分割かにされ、バケツという独房で洗われ、テキトーな場所で陰干しされるだけだ。漂白してもらったり、丁寧に脱水してもらうことはなくなるのだろう。

物干し場で告げられた辞令は、別れを惜しむためのせめてもの温情なのだろうか。ここで和気あいあいと乾くまで風を感じながら過ごす時間をみんなと共有することはもうないのだ。

物干し場を見渡すと、ハンドタオルやソックス、肌着組といった常連たち、Tシャツ、ニット、パーカーなど季節で会うのが代わるシーズンローテーションチームの連中が一同に会している。ご主人のジョガーパンツやご子息の体操着らは活躍時間帯が近いというのもあり、勝手に友人以上の感情を抱いていた。

まだこの家の役にたてるのであれば、文字通り汚泥をすすることも厭わず頑張ってやるぞという気持ちはあるが、やはりどうしてもこの景色が名残惜しく、二度と戻れないとなればなおさら、淋しさがこみあげてくる。

人間のように泣いたり、飲んで気を紛らわすなんてことはできないが、どうやら今日は乾くまで時間がかかりそうだ。

Chill 散る歩く

ウォーキング、とまではいかないが最近歩くのが好きだ。

事の発端は慢性的な運動不足の解消なのだが、冬場に出かける際、自転車の寒さがイヤになってしまったのも理由のひとつだ。歩けば健康にいいだろうし、身体も温まる。

されど十代のころから身体を動かすと言えば体育の授業だけという体たらく、散歩を始めたころは3、40分も歩くと足にガタがきていた。普段身体を動かさない人間が過度(当社比)に歩くと、痛みはじめるのは足裏や膝ではなく、股関節なのだ。

もちろん毎日歩いているわけではないし、距離も長かったり短かったり様々だが、家をでてまず右へ行くか左へ行くか、さらに今日はどの方面へ行こうか、なんて選択肢が多く楽しい。さらに、大昔の通学路や当時の友人宅近くまでの道のりを歩いていると、変わりすぎた風景のなかでもほんの少しタイムスリップできたような感覚になる。

全く通ったことのない道はワクワクする反面、住宅街は急に行き止まりなんてこともあるので注意が必要になる。昼間からうろついている不審者と勘繰られても良いことは何もない。ただ、偶然見つけた道標や碑などに目を凝らすと、長く過ごしてきた地域の歴史に触れられた気がしてうれしい。

存在は知っていたが通り過ぎていただけだった街中華や、こじんまりとした和定食屋なんかに入ってみるのもいいかもしれない。

青い鳥を探しているわけではないけれど、曲がった道の先に何か発見があるかもしれないし、なにより歩くスピードというのは本来の人間の持つ速度だから、なんだか心地いい。

バッハの食べ残し

旅の途中だかなんだったかは不明だが、見知らぬスーパーマーケットの駐車場で、車を停めようとしていた。

ノロノロと車を走らせながら空き枠を探していると、出口近辺にパトカーが駐車しているのが見えた。「こんなとこにパトカーいるんだね」などと同乗者と話しながら、スペースを見つけたので左へハンドルを切った。直後、そのパトカーが赤色灯をまわし、スピーカーで「そこの車、止まりなさい」と言ってきた。まさか僕らか?しかし公道でもないところで注意される謂われはないよな、と思ったが、パトカーは真後ろに尾けていた。

仕方なしに窓を開けて伺うと、「さっきこっち見て笑ったでしょ、見てたよ」と言ってきた。だったらなんの罪になるのか、公務員嘲笑罪なんてのがあったっけ?そしてサイレン鳴らしてまで言ってくることなのか?と苛立つ寸前で目が覚めた。

 

 


タイトルはまた別の夜に見た夢の中で、唯一覚えていたワード。どんな夢だったかは覚えていない。惜しいことをした。 

ハートにコート

暑い夏が長く居座ったあと、秋は閃光のように駆け抜けていった。

そして今年も冬がやってきた。

寒い季節はダメだ、身体がこわばるように心まで殻に閉じこもりそうになる。
冷たい風がすり抜けていくが、弱気な感情は吹き飛ばずに留まっている。

 

こんな調子じゃマズいと半ば無理やり奮い立たそうとする。雲間から太陽が顔を出したけど、すぐにまた分厚い雲が隠してしまった。
せめてなにかウマいものを食べて元気を取り戻そう、そう思って出かける用意をするが、同時にそんなことをしてていいものか、許される立場なのか、自分で蓋をしてしまう。
分相応に安いメシで済ませていると、薄暗い部屋の中にいる自分自身を俯瞰で見てしまい、さらに惨めな気持ちになる。

 

温もりまでとは言わないから、少し心を防寒するてだてはないものか。
強い心を、心臓に実際毛が生えてくるワケもないのなら、せめて毛皮で覆ってなんとかならないかな。

 

物足りない日

天気予報は午後から雨。午前中にはエアコンの取り付け工事がある。それが終わるタイミングによって昼飯の予定が変わるんだろう、眠る前にそんなことを考えて布団に入った。

翌朝、予定通りに業者を迎え入れる。トラブルもなく一時間半くらいで作業は終わった。まだ雨が降るまで余裕はあるだろう、朝の天気予報でも昼過ぎくらいまでは大丈夫なはずだったし。

自転車に乗り、ラーメン屋へ行ってからスーパーに寄って帰ろうというスケジュールを組み、15分ほどペダルを漕ぐ。途中、あまり腹が減っていないことに気づいた。行くのやめるか、という選択肢が頭をよぎったが、せっかくここまで来たんだし、という思いもある。気温は高くないが、湿度のせいでジワリと汗ばんできた。

時刻は11時40分、目的のラーメン屋が見えた。が、数台分の駐車場は埋まっている。さらに店脇の路地に数台の自転車が停まっている。中待合室がある店にも関わらず、外のベンチで待っている客も見えた。平日の昼前にしては人が多すぎる。失礼ながらそこまで混まないだろうと高を括っていた。

瞬時に今日の昼はラーメンじゃなくていいと決まる。自転車の向きを変えスーパーへ行く道へと戻った。スーパーでは晩飯用の肉と野菜を買い求め、まっすぐ家路を急ぐ。うだるような暑さではないがなるべく早く冷蔵庫へしまってしまいたい。

時計は12時半になっていた。今からまた昼飯場所をどこにするか決めても、時間的に混んでいるだろう、それに天気予報アプリでは南から雨雲が近づいていて、14時頃には降りだしそうだった。

結局、買い置きしていた乾麺の蕎麦を二人前茹で、納豆を1パック食べた。この組み合わせは今月何度目だろう。

満腹にはなったが、なにか物足りない。

ジューンスモーク

しとしとと降っていた雨があがった。

でもまたすぐに次の雨が降ってくるだろう、今はそんな季節だ。

風がなく、空気がしっとりとしていて少し重い。ほんの少しの湿度の違いが、すぐそこの空間に質量を感じさせる。

そんな中で煙をそっと吐き出す。ゆっくりとそこにとどまろうとしているような動き。

点火の瞬間も、炎のちいさなゆらめきに乾いた葉の薫りが鼻をくすぐる。

友人の家の裏、なにかの畑が広がる曇り空の下の情景。悲しみを吐き出すように、淋しさをごまかすように、ベランダで点けた煙草が原点。

6月に吸う煙草が一番うまい。