HAPPY! I SCREAM

妄想雑記

■

天高く馬肥ゆる秋の空の青、

実るほど頭を垂れる稲穂の黄金と畦道の緑、

そしてマンジュシャゲの艶やかな赤。

気温がどうこうではなく否応にも秋が目に入る。

 

夏に火がつき盛り上がって始まった恋人たちにも、少し落ちつきが現れはじめる季節だ。

 

まもなくすれば、夕方には乾燥した空気がヒンヤリとしてきて、遠くから漂う田んぼの野焼きの煙と、キンモクセイの香りが混ざって鼻をくすぐるだろう。

 

その時、どうしようもないノスタルジックな感情が胸を締めつけて、キュッとなって、なぜか少し全てを諦めがちになりながらも優しい感情になれる。

 

そうした過去をそっと抱きしめながら、新しくも燃え残った篝火に薪を焚べる。

冬に向けて、燻ったままじゃいられないから。

焚べなきゃ火は消えちまうだろう?明日への自分のために、瞼を閉じる前に一本ずつ。

街の自転車屋さん

近所に昔からある自転車屋さん。

通学中にパンクしてしまった時など、お世話になったこともあるだろう。約1000円で走行不能状態から復活させていただけるなんて、なんとコストパフォーマンスに長けた存在だろうか。

だがそのコスパの良さがゆえに、どう利益を得て営業されているのかは外の者からは推し量れないのも実情。いつまでも存在していて欲しいが、よほどの用がなければ寄れない場所でもある。

 

そんな街の自転車屋さんの前に、言ってはいけないが“珍しく”お客さんがいた。40代くらいの母親と、若いお子さんだった。

あぁ~、そうか。春から自転車通学を始める、ついこのあいだ中学校を卒業した子か。親と一緒に自転車を買いに来たんだな。と思うと、少しほっこりした春の週末。

バスタオる、バスタオれない

「お前、明日から雑巾な」

長年、ご家族の湯上がりを包みこんできた僕に下された唐突な降格宣言。

ついさっきまで、のんきに洗濯槽の中で揺蕩っていたが、まさか最後の入浴になるとは夢にも思わなかった。

衣類という職業の中でも、僕たちバスタオルというのは異質だ。洋服たちのようなファッション性こそないものの、肌ざわりの質感や吸水性に関しては他の布よりもかなり特化している。身体を拭く、という単純ながら必要不可欠な存在への矜持さえあった。

しかし今後は身体を何分割かにされ、バケツという独房で洗われ、テキトーな場所で陰干しされるだけだ。漂白してもらったり、丁寧に脱水してもらうことはなくなるのだろう。

物干し場で告げられた辞令は、別れを惜しむためのせめてもの温情なのだろうか。ここで和気あいあいと乾くまで風を感じながら過ごす時間をみんなと共有することはもうないのだ。

物干し場を見渡すと、ハンドタオルやソックス、肌着組といった常連たち、Tシャツ、ニット、パーカーなど季節で会うのが代わるシーズンローテーションチームの連中が一同に会している。ご主人のジョガーパンツやご子息の体操着らは活躍時間帯が近いというのもあり、勝手に友人以上の感情を抱いていた。

まだこの家の役にたてるのであれば、文字通り汚泥をすすることも厭わず頑張ってやるぞという気持ちはあるが、やはりどうしてもこの景色が名残惜しく、二度と戻れないとなればなおさら、淋しさがこみあげてくる。

人間のように泣いたり、飲んで気を紛らわすなんてことはできないが、どうやら今日は乾くまで時間がかかりそうだ。

Chill 散る歩く

ウォーキング、とまではいかないが最近歩くのが好きだ。

事の発端は慢性的な運動不足の解消なのだが、冬場に出かける際、自転車の寒さがイヤになってしまったのも理由のひとつだ。歩けば健康にいいだろうし、身体も温まる。

されど十代のころから身体を動かすと言えば体育の授業だけという体たらく、散歩を始めたころは3、40分も歩くと足にガタがきていた。普段身体を動かさない人間が過度(当社比)に歩くと、痛みはじめるのは足裏や膝ではなく、股関節なのだ。

もちろん毎日歩いているわけではないし、距離も長かったり短かったり様々だが、家をでてまず右へ行くか左へ行くか、さらに今日はどの方面へ行こうか、なんて選択肢が多く楽しい。さらに、大昔の通学路や当時の友人宅近くまでの道のりを歩いていると、変わりすぎた風景のなかでもほんの少しタイムスリップできたような感覚になる。

全く通ったことのない道はワクワクする反面、住宅街は急に行き止まりなんてこともあるので注意が必要になる。昼間からうろついている不審者と勘繰られても良いことは何もない。ただ、偶然見つけた道標や碑などに目を凝らすと、長く過ごしてきた地域の歴史に触れられた気がしてうれしい。

存在は知っていたが通り過ぎていただけだった街中華や、こじんまりとした和定食屋なんかに入ってみるのもいいかもしれない。

青い鳥を探しているわけではないけれど、曲がった道の先に何か発見があるかもしれないし、なにより歩くスピードというのは本来の人間の持つ速度だから、なんだか心地いい。

バッハの食べ残し

旅の途中だかなんだったかは不明だが、見知らぬスーパーマーケットの駐車場で、車を停めようとしていた。

ノロノロと車を走らせながら空き枠を探していると、出口近辺にパトカーが駐車しているのが見えた。「こんなとこにパトカーいるんだね」などと同乗者と話しながら、スペースを見つけたので左へハンドルを切った。直後、そのパトカーが赤色灯をまわし、スピーカーで「そこの車、止まりなさい」と言ってきた。まさか僕らか?しかし公道でもないところで注意される謂われはないよな、と思ったが、パトカーは真後ろに尾けていた。

仕方なしに窓を開けて伺うと、「さっきこっち見て笑ったでしょ、見てたよ」と言ってきた。だったらなんの罪になるのか、公務員嘲笑罪なんてのがあったっけ?そしてサイレン鳴らしてまで言ってくることなのか?と苛立つ寸前で目が覚めた。

 

 


タイトルはまた別の夜に見た夢の中で、唯一覚えていたワード。どんな夢だったかは覚えていない。惜しいことをした。