HAPPY! I SCREAM

妄想雑記

雨と酒

長く接客業をしていると、自然と人の顔を覚えるようになる。昔はこれがなかなか難しくて苦労をしていたが、年月と経験は嘘をつかないってことだろうか。

 

身なりや一緒にいる客のひととなりで、彼らがどんな生活をしているのかは大体想像できる。向こうから会話を求められれば、その想像を基にさりげない応対をし、また少しずつ情報を肉付けしていく。

 

ただ、ここ最近になって気になる客がいる。このバーに来るようになったのはこの春くらいからで、もうすぐ梅雨が明けるから数か月は経っている。彼はいつも独りでやってきて、外国産のビールを1杯、そのあとにスコッチのザ・グレンリベットか、バーボンのメーカーズマークを飲み、帰っていく。私との間に会話はなく、たいてい鞄から文庫を取り出して読んでいる。

 

もちろんあまり関わりのない客たちはたくさんいるが、私が彼に対して気になっていることがある。

彼は雨の日にしかこの店にやってこないのだ。これはただの偶然なのだろうか?それとも何か理由が、条件が発動しているのだろうか。

一度気になるとついそのことが頭から離れない性分ではあるが、かといって寡黙な客にわざわざ話しかけるのもこの仕事の矜持が許さない。

 

いつか、ふとしたきっかけでこの謎が解ければいいな、と帰り道で傘に雨粒が当たる音を聞きながら思う。