HAPPY! I SCREAM

妄想雑記

あぜ道とカマキリ

とある週末、僕は国道を北西へと車で走っていた。天気はいいが、風が強く外にいてはかなり寒く感じる日だった。

 

隣県との境になる山脈へと向かう国道は、紅葉狩りを楽しもうとする客たちにより、かなり渋滞していた。色とりどりの車が織りなす列は、紅葉よりもカラフルに思えた。

 

昼前に目当ての飲食店へ着いた。駐車場のないその店の向かいは田んぼで、客はみなあぜ道に沿って車を停めている。

 

入口に列ができている。僕も列に加わった。風が強く、田へ抜けていく風が身体に刺さるようだった。程なくして、僕の後ろに小学校低学年か園児の娘さんを連れた女性がやってきた。店から人が出ては、その人数分だけ中へ入っていく。中にも待合の椅子があるようで、僕の番まではもう少しかかりそうだった。

 

後ろの女性は僕と同い年くらいだろうか。娘さんと仲が良く、ジャニーズアイドルの曲のサビを二人で口ずさんでいた。

 

僕が店の外の一番前まで列が進んだ。僕は振り返り列を見ようとしたが、僕ら以上に客は増えていなかった。「どちらからいらっしゃったんですか?」と、女性が話しかけてきた。ひと昔前のバラエティアイドルを若くしたような、人見知りしなそうな雰囲気があった。僕は地元の地名を答えた。彼女は同市の北地区の名前を口にした。「娘と温泉にでも入ろうかと来てたんですけど、かなり混んでますね」と田んぼの向こうにある国道を見ながら言った。「そうですね、今週末が一番の見ごろだとテレビでも言ってましたし」と僕も返した。

 

娘さんは日が当たるあぜ道にしゃがみ込んでいた。会話のきっかけに娘さんの年齢でも尋ねようかと思ったが、なぜか気後れして口に出すことはなかった。そのまま会話は止まった。

 

店員が扉を開けて、待ち人数を確認しにきた。僕らだけだとわかると、「今お待ちの分で今日は終了です」と言って戻った。昼前に売り切れになるとは思っていなかったので、「ラッキーでしたね」と女性に言うと、「人気なんですね」と彼女は言った。

 

「私、前にもこんなことがあったんです。私の分で売り切れになっちゃって。後から来た人に『私の分までで売り切れみたいです』って言うの気まずくないですか」と笑っていた。実際に、徐行してきた車が売り切れの看板を確認してそのまま去って行ったり、車から降りて「うりきれ」と残念そうに呟いていく人がいた。

 

ちょうど待っている人数分だけ客が帰って行った。僕は心の中で、店員に三人家族だと勘違いされるかもしれないな、と思っていた。そしてそうなってしまったので少し狼狽気味になってしまったが、女性が「いえ、お一人でいらっしゃった方と、」と僕の方に手を向け、娘さんの手をひいて「わたしたち二人です」と答えた。僕はカウンター席に、彼女たちはテーブル席に案内された。

 

食事を終えて会計を済ませ、外へ出た。彼女たちと並んでいた数十分とやり取りした会話から、奇妙な縁を感じたし、あわよくば連絡先の交換もという邪推があったのは否めない。

 

しかし何も起きることなく僕は帰路につくし、彼女たちは温泉に入って冷えた体を温めてから帰る。僕は食後の一本に火をつけながら、さっき娘さんがしゃがみ込んでいたあたりのあぜ道を覗いた。

 

カマキリがいた。この虫の目は複眼の集合体なのに、瞳があって表情があるように見える。そして、首ごと顔をこちらに向けて凝視しながら警戒している。まだ少し距離があったので鎌を広げて威嚇しては来なかったが、僕を睨んでいるようだった。交尾の後、相手オスを捕食するメスの生態が頭をよぎる。