ガイドに連れられて、地方査察のような事をしていた。
もちろん、国内でだ。
一見、ただ雨で増水した水田地帯のように見えるが、ガイドは「地域特有の湿原なのです」と得意気に言ってくる。
明らかに、増水して沈没したあぜ道としか思えない道を歩いていく。
「これは、あぜ道ですよね?」と聞くも、彼は「いいえ、湿原の浅い部分を通っているのです。中にはかなり深くなっているところもありますので気をつけてください」と答える。
深いところ、それは田んぼではないのか。
見渡す限り、広大な湿原地帯と言われればそう見える。
水草のように、ネコジャラシの葉のような雑草達が水にたなびいている。水が無いように見えるところも、草を踏めば水が染み出てくる。
秋風に水面が揺られ、草葉は一斉方向に向かってなびく。
不思議なもので、棚田のように段差が生じているところでも、変わらず水を湛えている。
腰の高さほどの段差を降りようとした瞬間、足を滑らせてしまった。
さっき言われた"深いところ"のぬかるみに両足がズブズブとはまっていく。感触としてはやはり、田んぼに足を突っ込んだ時と同じだ。
しかし、どの程度までぬかるみが続いているのかは分からない。もしや底なし沼?と焦りはじめた。
なんとか、膝下十五センチくらいまででやや固い感触に落ち着く。しかし両足とも足首までズップリと沈んでしまっており、腰の高さくらいまでの段差は胸の高さまで迫っていた。
足を滑らせるまでいた位置の方を向くと、黒い工業用オイルが染みこんだロープのようなモノが落ちている。
なんとかそれに捕まって体を引き上げたい。
あまり自由の利かない上半身ですがるように手を伸ばし、掴もうとするが、指先で叩くようになってしまうだけだった。
思っているより体は焦っているのか。その瞬間、ロープのようなモノがスルリと動いた。
ロープのように見えたそれは、体長六十センチほどの蛇だった。
しかも、こちらが叩くように触れてしまったため、明らかに敵視しているようだ。首をもたげてこちらを視認すると、口を拡げて牙を剥いた。
こうなると、野生動物の動くスピードは速い。一気に近づき咬みつこうとしてくる。さほど大きくもなく毒蛇かどうかはわからないが、咬まれるのはゴメンだ。身動きがあまりとれないながらも、必死に上体を揺すったり両手で撹乱したりと抵抗した。
尻尾に近いところをなんとか捕獲できた。が、そこを支点にしてグイッと向き直って牙を立てようとする。今度はなんとか首近くを捕まえる、親指に力を込めて口を開けさせないようにグッと掴みあげる。
そのまま、遠くへブン投げてやろうとするが、投げる瞬間と指を開くタイミングが上手くいかない。釣竿を振り、切れないように糸を押さえる指を離すタイミングに似ている。下手にやるとオモリの反動で糸が切れてしまう。それに、ましてや糸が切れるどころじゃない、なにしろ指を離した瞬間に怒り狂った蛇に咬みつかれるかもしれない。
やはり体は思っていた以上に焦っているようだった。頭では理解してるが、脳から腕、指先までの伝達がチグハグだ。
三度、四度と腕を振り、なんとか蛇を彼方に放り投げた。その頃になってようやく事態に気づいたガイドが駆け寄ってくる。腕を掴んでひきあげてもらい、深く息をつく。
ポケットの中でバイブの振動がする。携帯を開くと、メールを受信していた。彼女からのデートのお誘いのメールだった。しかもわりと直球で積極的な。
目が覚める。
ケータイを開くも、もちろんメールは来ていない。