HAPPY! I SCREAM

妄想雑記

Hard,Deep,Long,Friday-2



さほどうるさくなかったので、穏やかに目的地まで着く。
横に長いシートの真ん中で、アナウンスが聞こえるたので慌てて文庫本を鞄に戻す。
ドアが開く。
改札への階段に近いドアを無意識に選んで降りる。
階段に足をかけようとしたところで、視界の隅に女性が映ってきた。
他の降りた客か、と思えば、「あの、すみません」と声をかけてくる。
振り向くと、さっきのキャッキャしてた内の一人だ。手には黒い手袋を片っぽだけ持っている。
僕のだ。



「これ、落としましたよ」と言う彼女の向こうで、地下鉄のブザーが鳴り、ドアが閉まる。
ブザーで振り向いた彼女は、「あ、」と言いながらそれを見送る形になってしまう。
手にはまだ僕の手袋を持っている。



ギギィー、と音を立てて、無常にも地下鉄は発進し始める。彼女の友人たちを乗せたまま。



しばし、いや数秒か、僕たちの間に!と?の沈黙が流れる。
『あの、これ、、』と彼女が切り出す。
「あ、ありがとう、大丈夫?」と返す。
『・・・』
「さっきの友達でしょ?とりあえずメールだけしといたらいいんじゃないかな?次のですぐ追いかけるから、ちょっと待ってて、とかなんとか」
『あ、そうですね』彼女はバッグから携帯を取り出し、すばやい指の動きでメールを作り始めた。
"始めた"と思ったらパタン、と携帯を閉じた。もう送信したらしい。



ささやかながら責任感を感じていた僕は、「次の来るまで待たさせてね」と言ってみた。
彼女が電車を降りるきっかけを創りだしたのは僕のせいであり、ドアが閉まってからの一連の彼女の心境を考えると、手袋を受け取ってそのまま立ち去るのは失礼すぎるだろ、と思った。



かといって、全くの初対面なもんだから会話の糸口が見つからない。
彼女のほうからも、特に話題を振ってくるような気配もなさそうだ。
もしかして、一緒に次の電車を待っている事が迷惑だっただろうか。

たしか、この時間の地下鉄の発車の間隔は7分。
たかだか7分、今日起きてからの時間を考えればなんてことないだろう。

ホームの電光掲示板を見上げると、"前駅を発車しました"という電車のマークが動く表示が点いた。
『もうすぐ来ますし、いいですよ』と同時に見上げていた彼女が言わなかったことで、迷惑だったかな?というさっきの疑念も消えて少しほっとする。



電車がホームに進入し、ゆっくりと停まる。
ブザーが鳴って、ドアが開く。
「ホントありがとう。友達にも謝っておいてね」と声をかける。
『いえいえ。わざわざ待っててもらってすみませんでした』と彼女は電車へ乗り込む。
ブザーが鳴り、ドアが閉まる。

閉じかけたところで、またブザーが鳴り、ドアがいったん開いてまた閉まる。
「間のワルい奴が多いな」、と思いながら、車内の彼女と目が合ったので会釈をする。



電車がゆっくりと進みはじめ、僕は7分ほど遅れて再び階段に足をかける。



改札に出たところで、ポケットにしまっていた手袋をはめる。


裸の左手で右手袋をはめ、次に左手に。指を入れたところでガサッと何かに当たる。
つまんで出してみると、どっかのレシートだった。
行ったこともない喫茶店のレシート。

こんなレシートがポケットに入ってるわけもないし、なんだ?と思ってふと裏を見ると、アルファベットの列が並んでいる。語尾に"@au"とあるところからすると、メールアドレスか。
もしかしてさっきの彼女!?なんて思いたち、携帯を取り出す。宛先に文字列を直接入力し、"Sub"件名を入力するところで、指が止まる。
さっきの彼女のアドレスとは限らないし、よくよく考えればただの知り合いのメモかもしれない。的を絞るか、当たり障りない言葉を選ぶか、逡巡する。


知らない相手だったところで、返事が返ってこなければ向こうもただの間違いメールだと思うかもしれない。
特に不安がる必要もないなと意見がまとまったので再び指を動かし始める。
送信ボタンを押す。
携帯を閉じ、ズボンのポケットに入れて地上を目指す。


歩きながら、携帯のバイブが作動したような気がしたけど、もちろん気のせいだった。


今ごろ友達と合流したところだろうしな、といつになくポジティブな自分がいる。







職場に戻り、携帯を開くもメールはまだない。





PM9:00、メールが鳴る。