カレーを食べ終わり、ちょっと多めだったサラダをつまみながら、この時期限定の缶ビールをお互いのグラスに注いだ。
電車の中で考えていた「自由奔放な生き方」について彼女に話してみた。
『上手くは言えないんだけど、それが"人間"なんじゃないかな。本能のままに生きる、という生き方をそもそもできないように遥か昔から刷り込まれて生きてきた。"なぜ人を殺してはいけないの?"という質問に対して言葉につまっちゃう人が多いでしょ?それと同じように』
「若い時に言っていたのはただの強がりだってこと?」
『強がりで言ってるのか本心で言ってるのかは、その本人じゃないからわからないけど、まわりを見渡してそういう生き方をしてる人がいなければ方法がわからない。方法がわからない、ってことはもうその時点で少なからず不安になる。目先の不安を払拭するために、"とりあえず"まわりと同じように就職したり恋愛したりしてみる。そうすると、もう流れからは外れられなくなっちゃうんじゃないかな』
「"人は安心を求めて生きている"か。どっかの悪役が言ってたな。」
『その悪役は人間じゃなくて吸血鬼だけどね』
「流れから外れられなくなり、いつしか外れるようとすることすら忘れてしまい、いつの間にか年をとっていく。いつの日かハッと気がついても、もう体力的にも精神的にも後が無い」
『ごく少数派として、"熟年離婚"をする人達もいるけどね。でも私にはそこまでの人生経験がないから、気持ちはわからない』
僕は皿の底に溜まっているドレッシングをレタスですくうように食べた。シャキシャキとした歯応えが心地良い。そしてホップの香りが効いたビールを一口流し込む。
美味い。
『今日ね、虹が見えたの』
私は買い物に行く時に見えた空を思い出して口に出す。
『他の国じゃ、虹は不吉な兆しって言うところもあるみたいだけど、私はとても幸せな気持ちになったよ。』
さっきまでさんざん喋っておいてなんだけど、これ以上は深くは言わない。多分、彼にはわかる。
発言の終わりを静かに示すように、グラスを口に近づける。
ベランダに出て、煙草に火をつける。
南向きのベランダ、アウトドア用の小さな折りたたみイス、ブリキの蓋付き灰皿。東の空を見ると、下弦の月がポッカリと浮かんでいる。
彼女の言っていた虹。残念ながら屋内で一日中仕事をしていたので見れなかった。
外にいなきゃ、虹は見えない。
そして、太陽を背にしていなければ虹は見えない。
つまり、光のある方ばかりを見ている人間は、虹に気づかない。
虹を見た彼女は、「とても幸せな気持ちになった」と言っていた。
自分の思うままに、傍若無人に光だけを追い求める生き方は、必ずしも幸せじゃないのかもしれない。少なくとも、"虹が見えて幸せ"な気持ちにはなれないんだろう。
僕は虹を見て幸せだと思えるほうが良い。
煙草を消して、部屋に戻る。皿を洗っている彼女と目が合う。
"なんか分かったみたいね?"そんな目をしている。