HAPPY! I SCREAM

妄想雑記

春眠暁を覚えろ、今すぐに、だぞ

僕の人の良さが全面に滲み出ているのか、もしくは人畜無害な小動物のように見えているのかは分からないが、街を歩けば道を聞かれる。


青葉ホテルといえば、最近名前が変わっただけでけっこう昔からあるホテルだ。駅や繁華街から少し離れているので、地元の人間じゃなければ分かりづらい立地かもしれない。


「知ってますよ、よければ案内しましょうか?」僕は自分の中のマジメ細胞を全力召集して答えた。彼女は一瞬の間を置いたあと「お願いします」と微笑んだ。


『ホテルまでは10分くらいでつきますよ』
「ありがとうございます。仙台に来るのは初めてで」
『旅行かなにかですか?』
「いえ、明日から始まるゲンチョウに合わせて、自費でマエノリしたんです」

現場調査を略して現調というらしい。前ノリというのは前日乗り込みの略のようだ。いろんな業界にそれぞれでしか通じない用語があり、僕はちんぷんかんぷんだった。その辺は、行き慣れていない土地で話される方言に近い。

「初めてくるトコだったので、少しでも馴染んでおきたいな、と思って。でだしから道に迷っちゃいましたけど」
『僕も他の土地じゃ案内なんてできませんよ』
「でもよかった、地元の方とお知り合いになれて。迷いっぱなしだったら着くころには疲れて寝落ちしてますよ、きっと」
『マエノリの意味がなくなっちゃいますね。あ、そこの角をまがれば見えますよ』

リニューアルオープンしたという青葉ホテルは、看板や玄関ドアこそ新しく見えるものの、外壁や観葉植物は以前から変わっていないような雰囲気がうかがえた。

「ありがとうございました。あの、もしよければなんですけど連絡先教えてもらえませんか?」

まるでドラマかマンガのような展開を実体験した僕は、これは夢ではないか?と頬をつねろうとした。が、あまりにも古典的な確かめ方な気もして手を止める。そして本日二回目の召集を緊急指令した。

『かまいませんよ、何かお困りのことがあったら連絡ください』

自分のなかではほぼ満点に近い回答をなるべくさりげない風で口にし、僕はフロントへ歩く彼女を見送り、とりあえず元いた公園に戻ることにした。


(続く)