HAPPY! I SCREAM

妄想雑記

ペスカトーレとエスカレーター

昼下がり、仙台市営地下鉄のホームで彼と二人、電車の到着を待っている。

この時間帯なら、だいたい七分おきに電車はやってきて、客を吐き出しまた客を飲みこむ。

電光掲示板に電車が前駅をでたマークが表示され、まもなくしてアナウンスが流れる。ちなみに1番線南行きは女性のアナウンスで、2番線北行きは男性のアナウンスで区別できる。日本語の後に英語で流れる文章を聞いていると、いつもテンションを上げなくちゃいけないのかな、なんて思う。「アップ・テンション・プリーズ」なんちゃって。



隣に彼がいる。ただ、英語のアナウンスの話はできない。たまにけっこう冷めた部分が彼にはあって、そこがちょっぴり怖かったりする。


座席を選びたい放題のような空いている電車の中、ケータイアプリの話や昨日みたネットのニュースの話をとりとめなくしていると、すぐに勾当台公園駅に着いた。

電車の扉とホーム柵の扉が連動して開き、私たちはそそくさとホームへ降りる。乗り場へのエスカレーターは少し混んでいて、階段の上の方からは急ぎ足のサラリーマンや大学生がなんとか今きた電車に乗ろうと小走りで駆け降りてくる。

私はエスカレーターの列に並ぼうとしたが、彼はスタスタと階段を上ろうとしていた。慌てて後に続く。駆け降りていく人たちと肩と肩がぶつかりそうな距離ですれ違う。



改札に乗車券を飲みこまれる。カメレオンの舌みたいだなぁと思う。

構内を歩きながら、彼に話しかける。

「改札に上がる時はいっつも階段なの?」

『そうだよ。エスカレーターは嫌いなんだ』

「なんで?なんかイヤな思い出でもあるの?」

エスカレーター自体が嫌いなワケじゃないんだけどね。エスカレーターを歩いて行く人たちが嫌いなんだ。東京は右側通行で大阪は左だったか、その正反対か忘れたけど、なんか慣例で決まってるらしいじゃん?でもそれは階段がない大都市だから歩行オッケーにしてると思うんだ。でもって、ここ仙台はそんなに大都市ではないし、階段もあるし、なにより仙台市交通局エスカレーターでの歩行を禁止している。それでもなんだか急いでる風の人たちはズンズン横を通り過ぎる。それをされるのが嫌なんだ。だから最初っから階段を選んじゃうんだな』

「そういうとこ結構カタいよね」

『あんまり急いでたりとか焦ってたりとかしてる様子を他人に見られるのイヤなんだよね。息切らしながら閉まりかけのドアに滑り込むとか。余裕をもって行動している風に生きたい。それが慢性的な運動不足に繋がってるんだろうけど』


彼は自分の中の決め事を照れくさそうに話した。覚えておこう、と私は思った。


遅めのランチは、私の提案で近くのイタリアンダイニングに決まった。ビルの地下を降りて、何軒かの飲食店が並んでいる一角だ。友人から評判を聞いていて、生パスタを売りにしている一度行ってみたかったところ。

「なんにする?私は友だちが美味しいって言ってたからカルボナーラにしようかな。でもアラビアータも捨てがたいけど」

私は辛いもの好きな彼がアラビアータを注文し、一口ずつ交換して両方味わえるだろうという淡い期待をしつつ言ってみた。

ペスカトーレだな』

残念、はずれ。

「めずらしいね、貝の殻とか入ってるやつって食べるときじゃまになったりしない?」

ペスカトーレってさ、自分で作ろうとするとけっこう材料費かかるじゃん、だから普段食べないようなのを外食で食べようかなぁって。カルボナーラとかアラビアータとかも美味しそうだけど、自分で作った時に店のより味が劣ると作り甲斐なくしそうだし』

チラッと私のオーダーを否定されたような気もするけど、私のお腹はもう卵黄とチーズの濃厚なソースしか受け付けない。彼には彼の決め事がある。私にもある。"胃袋が欲しがってるものには逆らうな"、だ。

太目のもっちりとした生パスタは、評判以上に美味しかった。やはり胃袋には逆らわない方がいい、と私は思う。

一方彼は、ムール貝の身を外した殻を端によけ、フォークに細めのパスタを巻きつけようとしているけど、どうしても殻がじゃまなようで、ちょっと苦戦している。「ふふふ、私の言う通りアラビアータにしておけばペンネだから食べやすかったのに」とは思ったけど口には出さない。



たぶん、彼はちょっとムスッとするだろう。表情には出さないだけで。

彼がエスカレーターとペスカトーレについてどんな考え方をしているか今日知ることができた。そして私は、彼が他のことにどんな考え方を持っているか、もっともっと知りたいから。

言わないことがいいことを口に出さないってのはけっこう大事なことだと思う。

今後の人生の大半を共にするであろう、彼を思うなら。カルボナーラ。なんちゃって。