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妄想雑記

第二の人生の面接

『あなたに人は殺せますか?』眼鏡をかけた女性面接官は静かな口調で僕に聞いた。








今年になって不意に勤めていた会社が倒産した。僕は失業保険で食い繋いでいたが、そろそろ焦りを感じ始めていた。


コンビニで無料の就職情報誌をもらい、なぜかそれだけでは気が引けたので缶コーヒーを買って家に戻る。コレといった職種がいつも見当たらず半ばあきらめていた。


ある日、正社員募集とアルバイト募集の境目くらいのところに、「当方特殊業種につき、興味のある方は下記URLまで」と小さく書いてある欄を見つけた。怪しい匂いがプンプンする文句だが、どうせ家にいてもヒマを持てあましているし、危なそうだったらブラウザを閉じればいいやくらいの気持ちでh、t、t、p、とキーボードを叩いた。出てきたサイトには"暗殺者募集"とだけ書いてあり、とある郵便局の私書箱宛にメールアドレスを書いて送る旨が載っていた。わざわざ手間のかかるやり方だな、と訝りながらも逆にちょっぴり信憑性を感じ始めていた。僕は普通のクラフト封筒に、大手ポータルサイト捨てアドレスを書き、切手を貼ってポストへ投函した。今思えば、相当ヒマだったんだろう。


数日後、メールが届いた。


件名は【面接につきまして】、本文には簡潔かつ丁寧な文で面接の場所と日時、問い合わせ用の固定電話番号と担当者名が書いてあった。


別に恐怖も極度の緊張もなかった。面接で何を聞かれても、学生時代に幾度となく行った就職活動の経験が"昔取った杵柄"になるだろうと安易に考えていた。


小さなオフィスビルに入り、指定された階へ上る。いくつもの小さな部屋が並んでいるようで、一か所だけ部屋の中に電灯がついているのが小窓から見えた。ドアをノックする。向こうから『どうぞ』と言われるまで待つのが就活の鉄則だったが、"どうぞ"の代わりに静かに扉が開いた。


部屋の中は机とイスが二つずつある以外は何も無く、ちょっとキレイめな警察の取り調べ室のようだった。


ドアを開けたのは眼鏡をかけた女性で、『私が面接を担当させていただきます。どうぞお掛け下さい』と片方のイスを薦めた。僕が腰を下ろすか下ろさないかの間髪いれないタイミングで、『あなたに人は殺せますか?ゆっくりでいいので考えてみてください』と言った。


全く素性を知らない相手の命を奪う。できれば、相手がなぜ標的なのか理由を教えてもらえたらもっと納得してできるだろう。しかし、それは無理な注文だ。万一、相手が知っている人間だったなら?僕は任務を遂行できるだろうか。いや、動物には"同族同種を殺すことをためらう。これは遺伝子レベルで刷り込まれている"って何かで見聞きしたことがある。結局のところ、ゲームか何かの感覚で安請け負いしても土壇場で手足は震え、冷や汗をかき、頭の中は混乱して胃液を嘔吐するだろう。投げだしたら最期、逃げ場はない。一度や二度ならまだしも、職業として継続して僕は生きていけるだろうか?せめて標的を選べる自由があれば。


『どうして人を殺しちゃいけないの?』という純粋で残酷な質問に答えることと同じくらい、僕は黙ったままだった。





僕が答えると、『結構です。ありがとうございました』と眼鏡をかけた女性面接官は言った。


家に帰り、ベッドに横たわると僕はそのまま眠ってしまった。目を覚ましたら僕の第二の人生が始まる。