HAPPY! I SCREAM

妄想雑記

秋の夜長に鳴り響く

一日中、俯きかげんで街を歩きまわった。


仕事なのだから仕方がない。しかし、そう自分に言い聞かせてもアタマの一部分が拒否をする。


探し物をしているかのように、男は一日中街を歩きまわった。


この場合、男が探しているのはいわゆる「やる気スイッチ」だろうか。五月病のように、夏が終わり気温が下がり夕方五時半には暗くなるこの季節、なんともやるせない気分に陥る人は少なくはないだろう。『愁』という字がピッタリと当てはまるように。



残業もせず、男は定時で退社した。電車内で帰宅ラッシュに揉まれながら、駅を出る。


この時間に帰宅ラッシュに合うという事は、定時上がりの人間は結構な人数いるのだろう。普段、定時で上がろうとして他のデスクから向けられる冷ややかな視線がバカらしく感じた。


駅から近い学習塾の前を通り過ぎる時、数人の小学生が「あれマツムシが鳴いている〜チンチロチンチロチンチロリン」と唄いながら入っていった。
童謡を無邪気に唄うような年頃から塾に通わなければならないのか、そう考えると日中歩きまわった疲労がさらに増した。


どんなに良い担任に出会っても、塾へ通っても、高校、大学を出てどこかで働く。
どんなに良い学校へ入って勉強しても、「快活な人生の歩み方」なんて科目はないのに。


アタマの中でさっきの童謡をリピート再生しているうちに家へ着いた。


いつもよりやや早い時間に帰宅すると、同じ暗い部屋でもよりうっそうとしている感じがした。


明かりをつけてジャケットとカバンをソファに放り出し、パソコンを立ち上げメールをチェックする。


「3000万は貴方のものです」だの「ホテル代は私が持ちます」だの「"神待ち"家出少女急増中」などと言ったスパムに紛れて、一通のメールが届いていた。


秋の空はつるべ落とし、いったん日が沈み始めると暗くなるまでは早い。そんな空に輪をかけて暗くなっていた男の心に、一筋の光が差し込むような内容のメールだった。


溜め込んだモヤモヤを吐き出すように、ネクタイを緩めて深く息を吐き、冷蔵庫の中から缶ビールを取り出す。

窓を開けてソファに腰を沈め、ビールをグラスに注いだ。


窓の外から虫の鳴き声が部屋へ入ってくる。
スズムシやコオロギのリィン、リィンという合唱、その中にスイーッチョン、スイーッチョンという独唱。

さっきの童謡を思い出す。これは確かウマオイって名前だったっけか。


スイーッチョン、スイーッチョン。

スイーッチョン、スイーッチョン。

スイーッチョン。

スイーッチョン。

スイーッチョン。



SWITCH,ON.