とある戸建ての家。
二階の寝室に広めのバルコニーがある。
床材はウッドデッキのような赤茶色の木材で、四畳半ほどの広さがあり、庭へ降りる階段がついている。
つまり寝室の窓を開けて寝てしまったなら、一階をどれだけ戸締まりしても意味がない。
「無防備な作りの家だな」と思いながらも、夏は窓を開放せざるをえないだろう。
レースのカーテンが風にはためく朝、子供たちがバルコニーから寝室へ入ってくる。
ドタバタと網戸を明けたり閉めたり、そして隙間から大きなハチが入ってきた。
慌てて網戸を開け、カーテンで掃うようにして外へ追いやる。
さらに悲劇は続き、網戸は何度も乱暴に開閉されたため、外れてしまった。
外側からしか付けなおせない。しかしさっきのハチはまだ近くにいる。
あの凶悪なカラーリングは間違いなくスズメバチだろう。
恐る恐る外へ出ると、バルコニーだったはずの場所は砂地の地面だった。
家の基礎から少しはみ出した形のコンクリートの下に、ハチが二匹。
どうやら巣作りを始めようとしているらしいが、そんなもの作られてはかなわない。
ましてやそのハチはネズミくらいの大きさがある。これはキイロスズメバチでもオオスズメバチでもない。ダイオウスズメバチとでも名づけなければおかしい。
ひとまずこの網戸を付け、家の中に飛び入られる可能性を封じなくては。
ヤツらに気付かれないように(恐らくとっくにこっちの存在は気付かれているだろうが)、網戸を窓枠の上端にはめ込み、押し上げて下部を窓枠のレールの上に乗せる。
押し上げていた分がスムーズに落ち、網戸のはめ込みは完了。ガタつきもなさそうだ。
ホッとしたその瞬間、右手の甲にハチが止まる。
巣作りをしている二匹とは別の、恐らく周囲を哨戒していたダイオウスズメバチ。体長10センチはあろうか。
ヤツはまだ右手の上にいる。
コチラを敵と認識していないのか、まだ針は刺してこない。
しかしいつ刺されるかも分からない。
手を振り払って家に逃げ込みたい。
しかし刺激したら瞬時に刺されるかもしれない。
アナフィラキシーショック、前回ハチに刺されたのはいつだっけ?
いや、こんな大きさのハチに刺されたら、アレルギー反応も何もない。
刺されたショックで死んでしまうかもしれない。
どのくらいの痛みが襲うのか、安全ピンが中指と人差し指の間に突き立てられた痛みを想像する。
うまく想像できない。
刺激したくない。
手を振り払いたい。
死にたくない。
「仙台市の三十二歳の男性、ハチに刺されて死亡」のニュースがアタマをよぎる。
メキシコらしき国の、なかばゴーストタウンと化した砂っぽい小さな街。
その中のビルの一つの地下に降りていく。
"CLUB"と思わしき場所だが、案の上イヤな予感しかしない。
地下とはいえ薄暗くはなく、床も壁も天井も同じパイン材が貼られている。
床に座りこんでいる煙をくゆらせているやつがいるが、恐らくタバコではないだろう。
なぜか足は奥の方へと向かって進んでいく。
十数人の南米人がそこにはいた。
ほとんどが酒をビンのままラッパ飲みしている。
一人の男がこっちに向かってくる。目はギラついていて、いまいち焦点があってない。
「係わり合いになったらダメだ」と思ってはいるものの、地上へは戻れない。
男は「バタフライナイフを持っているか?」と聞いてくる。
「いや、持っていないよ」と答えるも、腕をつかんだ手を離さない。
振り返るともう一人の男がいて、ジーンズの前ポケットを探ってくる。
タバコと銀のライターを見つけた男はニヤッとした顔をこっちにむけ、「コレは彼女にもらったのか?」なんて聞いてくる。
「いや、自分で買ったものだ」と答えると、「HA HA HA!」とライターを持ったまま立ち去った。
ナイフの方の男は執拗に「おい、ナイフは持っていないのか?」と聞いてくる。
「オレは持ってるぜ」と、刃渡り8センチほどの折りたたみナイフをポケットから出した。
「それともう一つ」と言って取り出したのは20センチくらいの折りたたみナイフ。いや、これはナイフというよりナタだ。
先日、中南米の麻薬組織の見せしめでさらされたおびただしい数の死体発見のニュースを見たばかりだった。
男はナイフをこっちの首筋にあて、「さあ、来いよ」と歩き出す。
ちょっと動けばナイフで首を裂かれる。
しかしおとなしくついて行っても同じかもしれない。
相変わらず男はラリった表情をしている。
会話が通じるような相手じゃない。
逃げ場はない。
死にたくない。
そこでやっと目が覚める。