眼球の奥深く、後頭部らへんに意識の中心が持っていかれるときがある。
俯瞰している、というほどでもなく、少し"引き"で自分の視界を見ているような。
リビングのソファにダラッと座って、ぼーっと部屋を眺めている。
先月4才になった娘がぬいぐるみと会話している。
この春、三年生になった息子がテレビを見ている。
「誰だこいつら?」と一瞬思う。
ハッと我に帰る。
娘はぬいぐるみと会話している。たくましい想像力だ。
息子はテレビを見て笑っている。素晴らしい適応力だ。
想像力と適応力。
理想の人生を想像し、食い違う現実に適応して生きていく。
意識はしていなくても、そうやってみんな生きてきた。
これからもきっとそうだろう。
今までの人生の中で、分岐点になっただろうポイントをいくつか思い出してみる。
こんな人生を送っていたかもしれない、
あんな人間になっていたかもしれない、
枝分かれした人生の一つの中にいる。
子供たちがオレの方を向いて「パパ」と言ってくる。
ほう、こっちの人生ではオレは父親なのか。
ソファの上で体勢を直し、後頭部のさらに後ろに行っていた意識を視界の位置まで戻す。
妙にリアリティのある夢を見るときがあるだろう?
それはパラレルワールドの自分が体験している出来事なのかもしれない。