あるところに、A君とB君とC君がいました。
彼らは小学校からの親しい友人同士でした。
A君は赤間君、B君は馬場君、C君は椎名君というのが本名です。
実名を出しておいて、何故彼らをイニシャルで呼ぶかというと、それが彼ら同士のあだ名だからです。
小学校高学年の時、彼らは4クラスある学年で同じクラスでした。
授業でローマ字を習った際に、彼らは面白がってイニシャルで呼びあうようになったのです。
ちょうど前日、テレビで素人さんがモザイクかけられてイニシャルで呼ばれていた番組がありました。
それも手伝って、彼らは面白がったのです。
ところで、お気づきかと思いますがC君はイニシャルではありません。ただ、同じクラスに佐藤、鈴木、斉藤君などが多数存在していため、苗字と同じような響きだからC君と呼ばれました。
最初の頃は、C君も特別扱いされてるようで嬉しかったのです。そんなようにして、仲間内でイニシャルで呼びあっては笑い、仲良く小学校を卒業しました。
三人は、中学も同じ学校でした。
部活こそバラバラになってしまいましたが、三人の友情は続いていました。
英語の授業の際、それぞれのイニシャルが定着していたこともあり、C君は自分の名前のスペルを度々間違いました。
そのせいで、テスト内容は当たっていたものの、減点されることもしばしばでした。
もともと、おっちょこちょいな性格のC君、テストを返された時は反省しましたが、その次のテストではどうも忘れがちになってしまっていたのです。
そして中学も学年を重ねるうち、年頃の男の子たちというのは異性への興味を増していきます。
そんな中、A=キス、B=・・・というありがちな隠語がクラスの男子たちの話題になりました。
他の小学校から来た友人たちは、A君たちのイニシャルトークを聞いていて、不思議に思いました。
なぜ、椎名君はCなんだろう?
もしかして、一足早く経験済み?
などと憶測が飛び交いました。が、当の本人はそんな筈も無い訳で。
しかし、個人への興味と疑念と揶揄は水面下から浮上してしまうものなのです。
椎名君はあられもない憶測から、ちょっと敬遠されてしまったり、からかわれるようになってしまいました。
でも若い頃の小さな傷は、溜まってはいきますが時間の流れと共に忘れるのも早いのです。
高校、大学と人生を経て、椎名君は中学の時に受けた傷など忘れていました。
まぁ実際、中学の時に未経験だったものも自然と経験して大人になっていくものです。
彼女もでき、やがて椎名君は結婚を考えるようになりました。
結婚式にはもちろん、幼馴染みの友人として赤間君や馬場君も呼びました。
彼らも快く出席を決めてくれました。
そして当日、挙式を終え、披露宴へ。
職場の上司からダラダラとした乾杯の挨拶をもらい、新郎新婦のプロフィール紹介と、お決まりの流れは進んでいきました。
友人関係を多く招待していたため、次々と酒を注ぎに新郎のもとへやってきます。
椎名君は程よく酔っ払ってきました。
そこで、友人代表の挨拶がサプライズで始まります。赤間君と馬場君です。
幼馴染みからの祝福に、椎名君は感激しました。
が、話題はもちろん中学時代にも触れます。
そこで、久々にイニシャルで呼びあっていた話にもなりました。A君たちには悪気はなかったのです。いかに自分たちが新郎と仲良くやってきたかを話したかっただけなのですが、C君には苦い思い出でもあります。
英語の点数で何度も先生に注意を受けたことや、A→B→Cの幼稚で卑猥な話題でバカにされたこと、フツフツと頭をよぎってはあの頃に受けた小さい傷が蘇ってきてしまいました。
酔いと感情が高まって、ついにC君は席を立ち、注目を集めた中で大きな声で言ってしまったのです。
『オレはSだ!!』
と。