HAPPY! I SCREAM

妄想雑記

天使の日

夕方のバスは、僕以外に乗客はいなかった。
バス停に着いてはドアの開閉を繰り返し、誰も乗らずに淡々と目的地までゆっくりと走っている。



録音された女性のアナウンスの合間に、運転手の声が聞こえてきた。



聞き流していたが、どうやら僕に向けて話しているらしい。



僕は席を前の方へ移動した。



その初老の運転手は、どうやら昔は車酔いに悩まされていた子供だったという。

「昔のバスとかはサスペンションがひどくてよ、遠足に行くバスなんてオレには地獄でしかなかったね。クラスメイトなんて、心配してくれてても内心は冷やかしてやがるし。」



彼が何故バスの運転手になり得たか、そもそもなぜバスの運転手になりたがったのかはわからない。
その事に関しては僕は質問をしなかった。



「何事も慣れってことなんだよな〜結局。昔から"習うより慣れよ"っていうだろ。まぁ、慣れすぎておろそかになっていくこともあるから、一応気をつけてはいるけどな。」



彼は全く乗客が乗ってこないからか、どんどん饒舌になっていく。
BARで隣り合わせになったお喋り好きに捕まった、そんな気分だった。



「マンガとかコントとかでさ、『天使』と『悪魔』がでてきて主人公にそれぞれ意見を言うよくあるシーンがあるだろ。サイフを拾ったときとかの。
オレはこないだ休みの日にボーッとしててな。その時思ったんだけどよ。」

「悪魔ってのは『悪』に『魔』だろ。名前からしてワルいヤツだってわかるな。ただ、天使は『天』からの『使い』だろ、字だけの情報じゃ良いヤツだとはわかんねーよな。天からの使いって事は神様からの使いって事だ。そりゃ確かに神様は正しいかもしれない。でも、人間を裁いたり、天罰を下したりするのも神様だ。っていうことは、オレ達にとって必ずしも味方、とは限らないだろ。」



重大な発見をしたかのように彼はまくしたててきた。



話に熱中するあまり、運転がおろそかにならなければいいが、と懸念していたその時、左前輪が縁石に乗り上げてバスはゆっくりと傾いた。












横転していくバスの中で、僕は君の顔を想い浮かべていた。
日常の8割は、君の事を考えている。