HAPPY! I SCREAM

妄想雑記

呪術師の恋

呪術一筋に生きて15年ほどになる。


一子相伝の継承者として、二人の兄でもなく、姉でもなく、末っ子でもない私が選ばれた理由はわからない。
聞く間もなく、両親ともある日突然消えてしまったからだ。







年中通してカーテンを閉めっぱなしの我が部屋。

8畳ほどのその暗がりには、私がこれまで培ってきたほぼ全てが几帳面なほどまでに収められている。

その隣は、これまた8畳ほどの部屋だが、こちらは片窓しかカーテンを引いていない。

術で使う植物を育てるためだ。合法非合法問わず。プランターや鉢植え、浅めの水槽を教わった通りに並べている。




その他の生活は、一般人となんら変わらない。
先祖代々住んできた家なので家賃はかからず、光熱費も最小限に留まる。
地味な服を選んで着、移動はもっぱら自転車を漕ぐ。
切り詰めた食費で買い物へ行き、野菜、魚、肉、乳製品をバランスよく買い込む。
買い込んだ全ての食材を大きめの鍋にいれて数時間ほど煮込んで食べる。







月に何度か、手紙のやり取りをする。


生まれ育った土地を何年も前に出て行った兄弟たち。
南米で知り合ったやたらハイな女性。
ある日突然家を訪れた、長髪の似合うインド人。


内容はほとんど実の無いものばかりだ。
興味を引かれたのはここ数年では唯一、南米の女性の手紙の中にあった「イグアナの肉を紅茶で煮込むとこの世のモノとは思えないくらい!」という一節のみ。
無論、イグアナの肉など私の生活圏では手に入らないし、"この世のモノとは思えないくらい"は果たして美味いのか不味いのかも判然としないので、試した事は無い。





ここまでの紹介から、「よほどヒマな生活を送っている」と思われたかもしれない。




だが、それはまだ私が話の核心に触れていないからなのだ。




呪術師という職業柄、出会う人間は多くなく、そして皆どこかしら捻じ曲がって歪んでいる。




ある日私に「別れた交際相手を死なせて欲しい」という勘違いも甚だしい依頼をしてきた若い男は、鼻が曲がるほどの体臭の持ち主で、実際に彼の鼻もデッサンの狂った小学生の絵のように曲がっていた。
幼い頃に親に鼻を捻られ続けていたからだ、と同情を買うような弁解をしていたが、恐らく自分自身の臭いに耐えかねて自然と曲がってしまったんじゃないかと私は考える。

もちろん、彼の依頼は断った。
私は藁人形でもって特定の誰かを呪い殺したり、悪魔を召喚し寿命の取引で持って誰かの人生を狂わせる、なんて恐ろしくてできない。

それらは、引き金を引けば相手に銃弾をブチ込むことのできる道具を手に入れるよりも、簡単で手っ取り早いからだ。

簡単な方法がゆえに、嫌気がさす。


私は報酬よりも誇りを重んじる。




日給6千円という触れ込みで入った、とある部品工場でときおり働いていた。
最初の給料日、口座に振り込まれていた金額は、どう計算しても働いた日数の半分くらいしかなかった。
翌月、工場長に相談したところ、「経理の人間に聞け」と突っ返され、経理の人間には「工場長が全権を握っている」と追い出された。
私は家に帰り、彼らの顔を思いだしてまた気分を害し、気分転換に食べようと煮込み途中だった鍋に再び火をいれた。
ガスコンロの炎は、怒れる私の感情そのもののように思えた。

その工場はその日の夜に燃えてなくなった。




外国に出かけたときなど、私を置いて飛び立った搭乗予定の飛行機は墜落したし、帰って来たときに私を数日拘留した税関職員は心臓疾患で入院した。


私は無敵だった。







が、その力はむやみに他人には見せない方がいいと判断した。
しかし、他にこれといってやれることもない。
物心ついたときから私は呪術しかなかった。
私は私の半生を呪った。
もちろん、道具など使わず、自分に危害が及ばない範疇の力で。

もっと普通の生き方をしてみたい、と思った。





そう、彼女に出会ったその日から。