テレビを付けっぱなしのまま、部屋の電気も点けっぱなしのまま、ゆるやかに朝が来た。
薄曇りの太陽の光が、今日の始まりを憂鬱にさせる。
首が痛い。ソファに首だけもたれて眠り込んでしまっていたようだ。
顔を洗い、今日やらなければいけない事を頭の中で並べてみる。
ウンザリする。
バスの中は、お年寄りが多いせいか、乗車人数の多さに比べれば比較的静かだった。
ただし、運転手が気を使いすぎているのかアナウンスが執拗でうるさい。
目的地で降りても、足が前へと進まない。
幸い、雨は降っていなかったが、空の重さが地面に落ちてきそうな圧力を持っている。
こういう日は、何もしないに限る。
彼はそう考えていたが、帰りのバスはあと何時間も来ない。
携帯を取り出しヒマを潰そうとしたが、どうやら忘れてきたらしい。
ベンチは朝露で濡れて座られる事を拒否しており、店はあらかたシャッターが降りている。
途方にくれて煙草をくわえるも、今度はライターが無い。
あらゆる暗黒が幾層にも覆いかぶさっているようだった。
きっと死神と貧乏神と厄病神がバンドを組んで不協和音を演奏している。
寄って来る生物はといえば、蚊くらいだ。
彼は生きている意味を考え始めた。
何時間もぼうっと、一面灰色の空の下で。
ふと横を見ると、同じように突っ立っている女性がいた。
他人との会話が久しぶりで、話しかけるには勇気がいる。しかし、彼は声をかけてみた。
ゆっくりと話し出す彼女の口調には、柔らかな安心感があった。
どうやら、彼女も今日の自分と同じ心境だったらしい。
唯一彼と違うところは、彼女は煙草を切らしていたが、ライターは持っているという事だった。
彼は煙草を差し出し、自分もくわえた。
彼女はライターを貸してくれ、そして自分で火を点けた。
二人同時に吐き出した煙は、同じような色の空に溶けていった。