〜昼〜
女は庭に植えてあるキンモクセイに水をやる。ここ最近は晴れてばかりだったし。ついでに香りを楽しむ。
背丈ほどの高さしかなく、一番町四丁目商店街に14本あるような大きさまで育つのはまだまだ先か。
〜日没〜
女はブランケットを膝掛けがわりに、片手にホットワインで南向きのウッドデッキに腰かける。
男はアパートのベランダに出て、三脚にカメラをセッティングする。
〜十八時半〜
夜空にオブジェとして貼り付けたシールのような満月が、左下から欠けはじめた。
男はシャッターを十数分おきに切っている。
〜十九時半〜
みるみる月は欠けていき、赤銅色に変わっていく。
女は白い息を吐きながらホットワインを啜る。
〜二十時半〜
皆既食は極大を過ぎ、月はまた満ちはじめる。
男は箱に一本だけ残ったタバコに火を点ける。
〜二十一時半〜
約三時間の天体ショーが終わり、再び満月が煌々と夜を照らす。
女はまだ月を見ている。
男はコンビニへタバコを買いに出かける。
帰り道、男の鼻先をキンモクセイの香りがくすぐる。
思わずあたりを見渡す。とある家の庭に、大人の背丈ほどのキンモクセイが月明かりに照らされている。
男はしばし立ち止まり、香りを楽しむ。
ここにまた一つ、皆既月食。