HAPPY! I SCREAM

妄想雑記

サブウェイ・サンドイッチ

連日の雨のため、通勤にはバスと地下鉄を使っている。今日も一仕事終え、どうせ運転しないのだからと一杯ひっかけての帰宅途中だ。


この時間の車内は混んでいない。傘を立て掛けやすい端の席に座り、文庫本を開く。しかし二、三行読んだところで思いのほか酔いが回っていることに気づき、栞をはさんで閉じた。車内の広告たちに目をやると、誰が買うのか分からない地下鉄駅名入りのキーホルダーや、有名デパートのセールなんかが並んでいる。


僕は「クリアランスセールのクリアランスってなんだろう」とか「なんでデパートの一階は婦人化粧品店ばかりなのだろう」などと考えていた。一駅一駅を過ぎるごとに、乗り降りする客が減っていく。僕は最終駅まで時間を持て余していた。それにしても、乗客のケータイいじり率が高い。


二十分弱ほどで、列車は最終駅に着いた。車両の扉とホーム柵が連動して開く。僕を含めて十人に満たない乗客がそれぞれに降りていく。降りたあと、登る。エスカレーター、階段、各々の利便性と自分自身の運動不足を秤にかける。ホームへ上がると、壁面は新しく始まるドラマや、英会話教室、地元を拠点としたスポーツ団体のポスターがずらりと並んでいる。どこもかしこも宣伝物ばかりだ。


改札に切符をすべり込ませ、切符販売機の前を通り過ぎる。前方に五人、僕を挟んで後ろに二人歩いている。歩く方向はみな一緒だった。傘と荷物で両手がふさがれているのも共通だった。


ふと、サイレンのような音が鳴り響いた。火事か何かかと思ったが、それらしき種類のサイレンではない。「あぁ、これがウワサのアレか」と僕は察知した。信じられないかもしれないが、この街の地下鉄ではある一定の条件がそろうと乗車カードを乗客一人だけにプレゼントする企画がある。あくまでウワサでしか聞いてはいなかったけれど。


サイレンが止まると、駅員室から放送がでた。
「いつも地下鉄をご利用いただき誠にありがとうございます。ただいま構内には八名のお客様がいらっしゃいます。これより、皆様の中から御一人にだけ、一万円分の乗車券を差し上げます。皆さま傘をお持ちであることは先ほど改札で確認致しております。八本の傘を取り合っていただき、駅員室までお越しください。それではいざ尋常に、勝負」


駅員の合図とともに、構内にピリッとした空気が流れた。僕は手荷物と共に壁際へと移動し、傘だけを両手で持った。左右を見渡すと、みなそれぞれ様子を伺っている。さっきまで千鳥足だったサラリーマンたちの背筋が伸びている。僕の後方を歩いていた二人は、互いに傘を正眼にかまえて対峙している。勝った方の次の目標は僕だろう。僕はその勝負を見届けて一対一の決闘をうけるか、前方五人のバトルロイヤルに突っ込むべきかの二択に挟まれていた。


どうせなら勝って、賞品を手にしたい。しかし、安っぽいビニール傘でどこまで戦えるだろうか。