せっかくの休日だというのにカーテンを開けるとあいにくの雨。
僕は開き直って引きこもることに決めた。(開き直ったのに引きこもるというのはいささか矛盾したような表現だが許してほしい)
洗濯以外の雑事を済ませ、ソファーで読みかけの文庫を手繰る。見そびれていた映画のDVDも出番を待っている。
ストーリーの途中で聞き慣れない音が邪魔をした。インターホンの音だ。文庫を開いたままソファーに伏せ、玄関を開ける。
『や、ひさしぶり』
「どうした突然?なんか用か?」
『あら、用が無くっちゃ来ちゃいけないの?』
確かに、 僕たちの人生には理由のいらない行動や選択がいくつかある。
子供の頃なんかは理由どころか意味までないこともしばしばだった。
そう考えれば理由のない訪問も納得がいく気がする。僕らはいい大人だけれど。
僕はもどって文庫の続きに目を落とす。
『ヤカン借りるね』
そう言ってシンク下の収納を開け、さらに食器棚の引き出しから粉の入った瓶を取り出して彼女はコーヒーを淹れはじめた。
"勝手知ったる他人の家"という言葉がある。そう、僕らは他人なのだ。
今は。
春から夏にかけての強い陽射しをさえぎってくれるように木々は葉を生い茂らせていた。
知り合ってからしばらく経っていたが、互いが互いを気にしはじめたのはその頃だった。
やがて傾きはじめた太陽の光が弱まるにつれ、少しでも地面に陽射しが届くようにと落葉の季節がやってくる。
僕らはそんな表面的な寂しさと内から溢れる優しさが同居した季節に付き合いはじめた。
それから何度かのクリスマスとお互いの誕生日と桜前線の北上が過ぎ去り、同じ数だけ金木犀の香りが消えた頃に僕らは別れた。
ピーッという湯が沸く音が聞こえ、少しして部屋の中にコーヒーの香りが拡がった。視界にカップを二つ持ってくる彼女がうつる。
よく見れば昔と髪型が変わっている。もちろん、僕と別れた後でヘアースタイルの好みが変わったのかもしれないが。
ただ、妙に毛先が整っているし、髪そのものも艶やかだ。美容院の帰りなのかもしれない。
『飲む?』
これは"飲め"という意味だ。
『この後なにか用事あった?ごめんね急に』
「いや、借りてきた映画でも観るくらいしか予定はないよ」
『なんの映画?』
「たぶん好みのタイプじゃないやつだよ」
僕は普段はあまり喋らないが酔うと饒舌になり、彼女は普段から饒舌だった。そして自分の好き嫌いはハッキリと言う性格だ。
そんな彼女にしてはおとなしく、口数が少ない。
『いいじゃん観ようよ。なんか今はそんな気分なの』
彼女はコーヒーを一口すすり、テレビの電源を入れに席を立つ。
髪を切り、今まで観ようとしなかった映画を観る。そして普段より口数が少ない。
なんだ、ちゃんと"用"があるんじゃないか。
僕は文庫本に栞を挟んで閉じる。