『さっきね、"BABY IN CAR"ってステッカーを貼った車がわたしの前を走ってて、でも運転席の窓から煙草の煙が出てて、なんだかなぁ〜って腑に落ちない感じだったの』
僕たちはカフェの喫煙席に向かい合って座っている。僕はラッキーストライクに火をつけ、パッケージの赤い丸を見ながら水を一口飲んだ。
『わたしは嫌煙家じゃないし、むしろ昔は吸っていたし。だけどわざわざ"BABY IN CAR"なんてステッカーを貼って、「ゆっくり走ることもあるけど追突とかしないでね」って意思表示してる親が子どもの健康に気を使ってないってのは矛盾してるし納得いかないなぁ』
たしかに、と思いつつ僕はその時車に子どもが乗っていなかった可能性もあるんじゃないか、となれば普段は車で吸えない親が一息つける瞬間だったのではないか、と考えを巡らせたが口にはしなかった。"女性の話に反論をしてはいけない"とか何かで見たのを覚えている。焼きたてのサンドイッチが来るのを待っている。
『ねえ、どう思う?』
「そうだねぇ。僕もその行動は信じられないし自分じゃ絶対やらないけど、今は犬に服着せて歩かせるのがふつうになってる、徳川綱吉もビックリするような時代だからなぁ。家の中で煙草を吸う親達だっていくらでもいるんだろうし」
『生類憐みの令なんて持ちだされてもピンとこないよ。わたしが言いたいのは"押しつけがましい"人がいるもんだな、イヤだなってことなの』
「もちろん、君の言うとおりだと僕も思うよ」
"女性の話には同意が必要だ。彼女たちが求めているものは解決策や方法ではなく、同意だ"という文章も思い出した。僕は運ばれてきたジャーマンポテトと厚切りベーコンを焼いたばかりのパンで挟んだサンドイッチを待っている。ラッキーストライクのパッケージを見ながら"日本の国旗に似てるな"なんて考えたりしている。
このままだと女性との会話を軽く受け流してるような人間に思われるかもしれないので弁解しておこう。
僕は彼女の考え方や話の口調、声が好きだし、性格だけじゃなく容姿もとても好きだ。しかし出会ってから交際に至るまで、そして交際中になんどか面と向かって自論をまくしたててしまったため、彼女の機嫌を損ねた経験がある。
それらを経ての対応策だと思ってもらいたい。人が学習するのは何も学校や会社の中だけではないのだ。
カフェを出たら、腹ごなしに少し散歩しよう。
キンモクセイの香りが彼女は好きだ。
もちろん、僕も。