HAPPY! I SCREAM

妄想雑記

リトル・ドラマ

眠い目をこすりつつ、出勤ラッシュを過ぎた時間帯にバスに乗った。


運転手は乗客に気を使っているのか何なのか、誰も降車ボタンを押していない停留所でも「降りる方いらっしゃいませんか?」と声高にアナウンスを入れてくる。目を閉じてうつらうつらとしている僕には、不必要な気づかいだった。


バスを降りて地下鉄に乗り換える。改札とホームをつなぐ階段から離れた場所で到着を待つ。ここらへんになれば、車両に乗り込む人も少なく座席が確保しやすいからだ。数分後に地下鉄は到着し、長イスの真ん中あたりに座る。鞄を足元において再び目を閉じる。どうにも眠気は去ろうとしてくれない。


僕の隣にも誰かが座る気配がした。ふわりと感じる風の香りで女性だとわかる。僕は特に気にせず、うつむき目を閉じたままだった。


肩をトントンと指でつつかれる。首だけで女性の方を向くと、なにやら申し訳なさそうな表情で「すみません、恋人のフリをしてもらえませんか?」とケータイに打ちこんだ画面を見せてきた。眠気のせいか僕は特に不穏に感じることもなく、小さくうなずいた。急に会話を始めるのもおかしい気がしたので、腕組みをしたままうつむく体勢に戻る。すると彼女は僕の肩に頭をコトリとあずけた。


傍からは到着まで眠っていたい物静かなカップルに見えるだろう。たぶん彼女は誰かにストーキングされていて、"私にはお付き合いしてる男性がいます"アピールでもしなくちゃいけない状況なのかもしれない。香水ではなくヘアコロンかなにかの淡い香りしかしなかったので僕にはちょうどよかった。眠気はとっくに去っていたが、しばらくそのままの姿勢でいることにした。


降りる駅の一つ手前で、僕は首を上げ、起きる仕草をした。彼女の頭はまだ肩にもたれかかったままだったが、恐らく伝わってはいるはずだと何故だか思った。車両が停まりドアが開き、乗客の出入りの後にアナウンスが響き、ドアが閉じて再び動き出した。スピードはゆっくりと加速して行き、この小芝居も終わろうとしている。


ゆっくりと腰を上げようとすると、彼女の頭が僕の肩から離れた。鞄を持ち立ち上がると、空いている方の手を握ってきたので僕はリードするような仕草で彼女を立たせた。手をつないだままホームへの階段を上り、いったん離してそれぞれ改札を抜ける。僕は僕の行くべき出口へ向かう。再び鞄を持っていない方の手を後ろから握られ、ごく自然な風に二人で歩きはじめた。


そのまま地上へ出る長いエスカレーターに並ぶ。ここまで僕と彼女との間に会話は一切なかったけど、なぜか二人の間に言葉はいらなかった。


恐らく、地上へ上がったら、僕たちは別々の方向へそれぞれ歩き出すだろう。