「カミさんと三回戦なう。」
あらかじめ言っておくが、性行為の話ではない。
文字通り、「戦い」そう、戦闘である。
家の中での戦闘というのは、甚だこちらにとっては不利だ。
武器になりそうなもの、例えば包丁、菜箸、千枚通し、硬く凍らせた氷嚢なんかはキッチンにあり、カミさんの縄張りだ。
目潰しかわりの殺虫剤や洗剤スプレーなんかもどこにしまってるのかは彼女が把握している。
こちらで打撃に有効なものといえばゴルフクラブしか思い当たらないが、狭い家の中では振り回すのも一苦労だし、なによりゴルフはしたことがないので持っていない。
せいぜい、子供たちがチャンバラに使う棒切れくらいのものである。
過去二度の戦闘において、勝者敗者は決着していない。
一度は出勤時刻が迫ってきたため、二度目はお互いがのめり込んでいる連ドラが始まったため、休戦状態となった。
しかしそんな休戦状態は、例えるなら蟻の行列に水滴を落とし、何匹かは驚いて直線を乱すがまた数分後には元の直線に戻って列が蠢いてしまっている、というそれに似ている。
事の発端は昨年から利用者が急増したtwitterにある。
夫婦そろってお互いのアカウントを発見してしまったため、フォローこそしていないものの監視しあう状況が生まれてしまったのである。
別アカウントに移行する、という手段も考えられたが、まったく無関係のフォロワー達にいちいちアカウント移行の連絡をするのも面倒で、躊躇している間にさらにフォロワーが増えてしまったためその手段は頭の中から消えてしまった。
ここまでは普通にありえることかもしれない。
が、異常なまでの束縛欲が拍車をかける。
「このフォロワーは誰?」「このツイートの意味は?」「なんでこの人をフォローしてるの?どういう関係?」挙げればキリがない。
元々、twitter上にプライバシーの侵害という概念は無いに等しいが、それでもこうまで質問攻めにあったのではこちらの精神状態も狂ってくる。
そんな互いの異常な精神状態がついに爆発し、対面キッチンでまさに"対面"し動きを探り合っている。
こちらはリビングで背中には庭へ出る窓と42V型のテレビ、目の前にコタツとカウンターを挟んで向こうはキッチンに陣取っている。
手の届く範囲に武器になりそうなものは無い。
向こうはシステムキッチンの引き出しを開け、出刃包丁と果物ナイフを取り出した。
二刀流VS丸腰、の状態。
いっそさらに逆上してどちらかの刃物を投げてきてくれれば、
さらにそれを巧くかわしてこちらの手中にできれば、
形勢は違ってくるのだが。
コタツの上には昨夜の晩酌の残りがそのままになっている。
と言っても、焼酎とそのグラス、コンビニで買ったツマミの空き袋だけだが。
普段飲んでいる焼酎を、なぜ瓶ではなくペットボトルにしてしまっていたのか、そんな取り返しのつかない後悔が頭をよぎった。
ファンヒーターの温風を送る蛇腹のホースが、誰も入る事のないコタツを暖め続けている。
完全な作り話なので安心していただきたい。