「所長、明日からの週間予報、どうします?」
『うーん、10℃、12℃、10℃、9℃、2℃、9℃、10℃、で。』
「急に気温低い日ありますが・・。しばらくは高気圧に覆われるんじゃ?」
『ちょっと寒くなる、って予報を入れといた方がいい時もあるんだよ。最近のヤツらは油断しやすいからな。
いわば、俺たちの仕事は世間への警鐘を鳴らすのと一緒だからな。ちょっとは用心してもらわないと、すぐ風邪ひくし。』
「でも・・・。」
『それに、予報より暖かかったからって、文句言うヤツは少ないだろ。急に雨降りだしたら烈火の如く怒り狂うヤツは多いが。』
「じゃあ、全体的に気温低めに言っておく、ってのはどうです?2℃ずつくらい。」
『ダメだ。それは冬の予報と変わらん。あくまで段階的に、今は晩秋の体でいかないといけない。それがこの仕事の難しいところだ。
全体的に低い予報を出すと、飲食、漁農、経済全体に影響を及ぼすからな。それに国民全体の士気も下がる。』
「それだけ重要なのに、所長の一存で決めちゃっていいんですかねぇ・・・」
『他に責任を取れる者がいないんだから仕方ない。これを国や会社のトップがやると大変な事になるしな。
それに、誰もがアタマのどこかで"拠り所"を必要としている。一所懸命生きていようが、なんとなく生きていようがね。
顔も知らない誰かの意見を、信用して鵜呑みにしてしまうほどに、実は"言われなきゃわかんない"んだよ。
ところで、キミは彼氏はいるかね?』
「2年ほどお付き合いしている人はいますが?」
『こんな事を男の立場であるオレが言うのも変なんだが、相手に対して言いたい事は言っておくといいぞ。』
「なんでですか?」
『男はな、"言わなくても伝わるだろ"って考えやすい。その分、言われなきゃ気付かないからさ。
女性は"愛してる"って言葉に出される事を望んでる。でも男はなかなか口に出さない。
ついでに言うと、男は口に出されなくても"相手はオレの事を好きでいてくれてる"と思い込みがちだ。』
「始末の悪い事に。」
『そう。』
「所長は達観してるから、奥さんが羨ましいですね。」
『いや、さっきのは全部"元"カミさんの受け売りだよ。テキトーな事ばっかベラベラ喋るオレの性格に嫌気が差して出て行っちまった。』
「そうだったんですか・・。ところで、予報の数字もテキトーってことは無いですよね。」
『大体は合うだろうな。別に予報の数字は"絶対こうなる"って正確さは求められてないからな。なんとなく上着は必要かも、と思わせられればそれでいいんだ。そんなもんだ。』
「奥様の気持ちが少し分かったような気がします。」