HAPPY! I SCREAM

妄想雑記

a dictionary

1月の晴れた日曜日、めずらしく午前中から彼女とデートをしていた。


時おり吹く風は冷たいけれど、ここ数日は雪も降っていないのでそんなに寒くは感じない。


初売りが終わり、バーゲンも後半にさしかかって、どこの店も既にちょっとやり切った感を醸しだしている。





そんな中、アーケード街をぶらぶら歩いていると、やけに元気のよさそうな若者向け紳士服店がグランドオープンしていた。
きっと新社会人や新年度、進学に合わせたんだろう。ちょっぴり遅い気もするけど。



ちょうど彼女もその店に目がいっていたみたいで、
「ねえねえ、あのお店のポップのとこ口に出して読んでみて」と言ってきた。


店のウィンドウには春を感じさせる色使いで、
"☆装いも新に、春からの新しい貴方を発見するお手伝いします!☆"とある。


『よそおいもアラタに、はるからのアタラしいあなたをはっけんするおてつだいします』
棒読みで答える。


「"新"って漢字なんだけど、送りがなの"しい"がなくなると、"タ"と"ラ"の順番がが逆になるのね。ふしぎじゃない?」


『ほんとだ。考えた事もなかったなー。今まで普通に読んでたけど、あんまり気にならなかったねぇ。』
僕は彼女の、こういう些細な疑問をすんなりと口に出せるトコが好きだ。






もし、彼女と結婚して子供が産まれ、すくすくと育って小学生になり、"新"という漢字を読めるようになった時に、母親と同じ疑問を持つかもしれない。
そして今日みたいな質問をしてくるかもしれない。
もしくは、覚えたての漢字を読めるようになって自信満々に「アタラに!」とか「アラタしい!」とか間違って読むかもしれない。読んだ後にマチガイを指摘され、気恥ずかしくなってうつむいてしまうかもしれない。

そんな時のために、前もって調べておかなければ。

とそこで、家には辞書の類はまったくなかった事を思い出した。






このままデート中に本屋へ行ってもいいんだけれど、彼女の質問に早速答えを見出そうと張り切っちゃってる、と思われてもこっ恥ずかしいから、漢和辞典を買いに行くのは別の日にしよう。






とかなんとか考えながら歩いていると、さっきの疑問がもう解決していたかのように彼女は
「お昼、何食べよっか?」と聞いてくる。



僕の本日の胃袋的にはラーメンだったのだけど、"ひさびさのデートでラーメン屋ってのもなぁ"と思ったので、
『喫茶店でサンドイッチとかは?』と提案してみた。



「う〜ん、今けっこうおなか空いてるから、コッテリしたラーメンも食べたいなぁ」


『んじゃ、ラーメン屋にしよっか』
最初から言ってくれればいいのに。数行前の自分の考えは余計だったみたいだ。







でも、食べたい物を飾りっけなく言える彼女のそんなトコも好きだったりする。



僕のコートの裾を、彼女が照れくさそうに、嬉しそうに掴みながら僕らは歩いている。









明日かあさって、本屋に行って辞書を買おう。ついでにエッシャーの騙し絵集も買っちゃおう。