HAPPY! I SCREAM

妄想雑記

秋晴物語 三

天気もよく、降り注ぐ陽射しが気持ちよくて、僕は散歩をしていた。


春みたいだな〜なんて考えていると、「小春日和って、春に使う言葉じゃないんだぜ」って教えてくれた友人を思い出した。


普段は通らないような道を選んで歩いてみる。時間を気にせず、途中で何故かコーラが飲みたくなって自販機で買ってみたり。

結局は残してしまうことになるんだけれど。





しばらく、堀沿いに歩いていたら、こじんまりとした公園があったので休憩する事にする。


ベンチにもたれ、秋晴れの高い空を仰ぐ。


秋という季節が、なんだか寂しく感じてしまうのは、空が高くて意識が昇りがちになってしまうせいなのかもしれない。

すーっと、身体だけを地面に残して。






『空が好きなのかね?』


言葉をかけられて振り向くと、おじいさんがいた。
おじいさん、というのはひどく曖昧な表現で、60代なのか70代なのか、はたまた還暦前なのかはわからない。
背は高くないけれど、ひょろっとした印象もない。紳士が年老いた、そんな感じだ。


「散歩の途中で休んでたんです」
と言うと、


『カッカッカッ』と笑った。
水戸黄門みたいだな、と思いつつ、横にずれてベンチを空ける。


『あまり、空ばかり見てちゃあ、ダメだぞ』
とベンチに腰を下ろしながらおじいさんは言った。


「なんでです?」


『見たところ、お兄ちゃんは若い。若いが、"青春"って言葉は当てはまるような年でもないじゃろ』


何歳に見えたのかは分からないけれど、確かに"青春"ってガラじゃあない。
「そうですね、"朱夏"に足を踏み入れたところです」と答えた。


『空ばかり、というか上ばかり見上げているのは若いモンのすることじゃ。大概の人間は、生まれてからしばらく、上をみておる。もちろん赤ん坊は寝っ転がりっぱなしじゃし、子供のうちは大人の顔を見るにも上をむかなきゃあならん。』


『上を向くっていうのは、祈りの体勢なんじゃ。自分ではどうこうできない事態に直面した時、途方に暮れた時、人は祈る。自分より強い何かが、解決してくれることに頼ってしまう。』


「あ、でもお祈りの時って、頭を垂れませんか?」


『それは形式上の問題じゃ。神社でのお参りの時、鈴は目の前にあるか?教会で祈る時、十字架に磔られたキリストさんは高い所におるじゃろう?頭は垂れていても、祈る者の意識は高い所に向かって祈ったり願ったりしとるもんじゃ』


たしかに、頭を垂れて目を瞑っていても、意識は頭頂部にあるかも。
というより、人生の大先輩には理屈では勝てない気もしてきた。


『お兄ちゃんくらいの年なら、"見るべきは前"じゃよ。人間は肉食動物と一緒で両目は前についておる。獲物、いわば自分の狙っているもの、人生の道は前にあるんじゃ』


確かに。シカやシマウマは目が横についてる。


『と、わしは思っておるんじゃが、どうかね?』


「正しい見解の一つかもしれませんね。おじいさんは、今でも前を見据えてらっしゃるようですね」
全肯定も、否定もしないちょっとズルい返しをしてしまった。


『わしはもうアレじゃ、前を向いとらんよ。どちらかといえば下を向いとる』


ふと、おじいさんも杖を持っていた。
転ばないように足元に注意を払いながら歩いている自分自身への、やや自虐的な言い方かとも思った。


『足のせい、じゃと思ったじゃろ。フッフッフ』
どうやら思惑は外れているようだ。
むしろ読まれてさえ、いる。


『人生も後半ラストスパートになるとな、自然に足も悪くなり、腰も曲がってくる。しかし、それは下を見ることの修練に過ぎん。』


「どういうことです?」


『この間、孫に言われたんじゃ。"おばあちゃんはお星さまになったってほんとう?"とな』


「亡くなられたんですか、奥様」


『ああ、大往生だったろうな、あんなに安らかに逝けて』


『で、アイツが死ぬ間際に言ったんじゃよ、"わたしは見守っていますからね""まだまだこっちには来ないで下さいよ"とな』


「いい奥さんです」


『そんで、孫に言われたじゃろ、アイツは星になって見守っているのかと。』


「はい」


『それで気付いた。わし達は上を向いて産まれ、前を向いて生き、死んだ後は下を向いて見守る』


なんだかスフィンクスのなぞなぞの解答みたいだな、とも思ったが、口には出せなかった。
おじいさんの言うことも的を得てる。



『じゃから、体は老いてきても、なんとも思わんようになってきた。天使のお迎えもまだまだいらん。なにより、天使はあまり好きじゃないしな』


「なんで好きじゃないんです?可愛らしい姿をしているじゃないですか」


『天使、というのは神の使いじゃろ?わしは無宗教で生きてきたから思うんじゃが、神様ってのは必ずしもわしの味方とは限らんじゃないか。』


「なんか、前にも聞いたことありますよ、その話。なんだっけ、誰かが言っていたような…」


『男か?バスの運転手の』


「あ!そうです、そうです。前に載ったバスの運転手さんがおんなじ事を言ってたんでした」


『カッカッカッ、そいつは、わしの倅じゃな』


「そうなんですか!?」
世間は狭いな。


『あいつも自分の言葉のように言っとるのう。わしの請け売りのくせしおって』


「随分と白熱したお話でしたよ(笑)」
ただ、話に夢中になった息子さんの運転していたバスが横転したせいで僕はケガをしているんですよ、とは言えなかった。






上を向いて産まれ、前を向いて生き、死んだら星になって空から見守る、か。
抽象的で、こじつけ感はあるけれど、いい話だな。




もう一度空を仰いで、目を瞑ってみる。陽射しがまぶたの血管を通って、朱く、あったかい。



なんか、いい出会いだったかもしれない。




お礼を言おうと思って向き直ると、おじいさんはいなくなっていた。

ぐるっと見渡しても、気配はない。






ひゅうっと、風が通って、砂ぼこりが舞った。





陽射しはまだあったかいが、金木犀の香りはもう、ない。





やっぱり、なんか秋は寂しいな、と思いつつ立ち上がって杖をとる。




コーラに刺激された胃が動き始めたらしく、まだ午前中だというのに腹が減ってきた。




生きていくためには、メシを食わなくちゃな。