最初に発する一言を頭の中で何度も練習し、恐る恐る電話のプッシュボタンを押す。かけなれた番号だ。
トゥルルル・・・
トゥルルル・・・
トゥルルル・・・
トゥルルル・・・
コール音の長さの分だけ、悩み始める。
コール音の長さの分だけ、不安になる。
ガチャ。
「はい、○○でございます。」
電話口に出たのは、本人ではなかった。
『もしもし、△△です。ご無沙汰しております』
「・・・。○○ならおりませんよ」
『そうですか。またかけ直しますので、電話があった事だけでもお伝え下さい』
「わかりました。 ただ・・・」
『ただ? なんでしょう?』
「本人がもう話したくない、と言っていたものですから。かけ直していただいても・・・。」
『そうですか...』
「失礼致しますね。」
ガチャリ。
僕はまだ受話器を置けないでいる。
ツー・ツーという音だけが何かの終了のブザーのように、頭蓋骨中で反響している。
気分転換に、と思って買ったメンソールの煙草に火をつける。
溜め息の後だけに、思い切って吸い込みすぎてしまい、冷たさが喉の奥に突き刺さった。
When(いつ)
Who(誰が)
Where(どこで)
What(何を)
Why(なぜ)
How(どのように)
間違ったのか。
英語の授業で習った5W1Hがこんなときに甦る。
そもそも、間違っていたのか。
それすらもわからない。
「だから、ダメなのよ」
そんな声が聞こえてくる。
煙草を缶コーヒーの中に入れた。
ジュッという音がして火が消えた。
まだ世の中の風が平穏だったあの頃の夏、
線香花火をわざとバケツの上で楽しんでいた。
「こうするとね、風も遮られるし水面にもう一つの花火が見えてきれいでしょ」
そんな彼女の言葉を思い出す。
ジュッという音がして火種がバケツの中に落ちた。
携帯が鳴っている。
ピッ。
『もしもし?』
「もしもし、△△?元気?○○だけど。」
『?どうした突然。これってお前の携帯?』
「そうそう。こないださ、テレビ出てたでしょう?たまたまチャンネル変えたら、あ、△△だ!って一目でわかっちゃって、昔よく一緒に遊んでた×× に電話して番号聞いちゃった。」
『あ〜、アイツには街でバッタリ会った時に連絡先交換したんだよ。しかし、アイツよく番号教えたな。』
「なんで?聞いちゃまずかった?」
『いや、オレは全然気にしないんだけど、オレと××、今付き合ってるんだよね』
「・・・。そうだったの。そりゃ〜悪い事しちゃったかな。あとで謝っとかないとダメね」
『○○は知らなかったんだろ?タイミングが悪かっただけださ』
「それはそうだけど、仮にも元カレの番号をよりによってアンタの今カノに聞いちゃったワケだし、私は××との友情くずしたくないし」
『まぁそうだな。』
「しかし、ビックリね。アンタ達が付き合ってるなんて。」
『こないだバッタリ街で会ったって言ったろ?なんかちょうど××が傷心中だったらしくて、その後電話かかってきてさ、そういう流れになったんだよね』
「ふーん。××はタイミングが良かったってワケか」
『ちょっとショックか?』
「なんで?全然?」
『あ、そう。』
「また電話するね。××のことで相談あったらアンタから電話かけてきてもいいし。なにしろ、アンタよりは私の方が××と付き合い長いからね (笑)」
『そうだな、先輩だな(笑)』
「じゃ、またね」
『おう、またな』
ピッ。
あんな別れ方をしたのに、急にかけてくるなんて、相変わらず勝手なヤツだな。
"××はタイミングが良かった"って、どういう意味かな。
○○はタイミングが悪かったって事か。
それってもうオレに彼女ができてたからか?
まぁ、あれこれ考えてたってしょうがないか。
しかし、タイミングどんぴしゃだな。
ちょうど電話断られてたのも、たしかこのくらいの季節だったな。
そうそう、早く出かけなくちゃいけないんだった。
そうそう、こんな妄想をしている場合じゃない。
あと数時間でまた一つ階段を昇らなくちゃいけないんだった。