彼は、指をパチンと鳴らしてウェイターを呼んだ。
料理が運ばれてきた時に質問すればよかったのだが、あまりの出来事にうまく言葉が出てこず、その間にウェイターは厨房へと去ってしまっていたのだ。
「お呼びでしょうか、お客様」
絵に書いたような誰もが想像する"ウェイター"の格好で、低姿勢だ。
『この皿の料理名を教えてもらいたいのですが』
「こちらは、イチゴのカルパッチョでございます」
『え?』
「苺のカルパッチョでございます」
『苺って、果物のですよね』
「はい。とちおとめを使用した、苺のカルパッチョでございます」
『興味本位で聞きたいのですが、この後のコースは?』
「はい、前菜の"苺のカルパッチョ"につづきまして、
"うどんのマリネ風"
"マグロと海老のタルト"
"和風スープの仙台味噌仕立て"
となっております」
『正直言って、食欲をそそられるのは最後のスープだけなんですが、要は味噌汁ってことですよね?それに、"マリネ風"と言うのは?』
「お客様の想像されているマリネと、当店でお出ししておりますマリネとは、必ずしも同じ味付け・定義ではないことが多くありまして、その誤解を避けるためのネーミングでございます」
『では、皿が出されるまで既成概念を全て捨てておきましょう。
ところで、このコースは人気あります?』
「いえ、"日替わりシェフの気まぐれコース"は本日から始めたばかりですので。お客様が初めての方です」
『ちょっと気まぐれ過ぎやしませんか?材料名と料理名を分けて書いたカードを、シェフが眼をつぶって組み合わせたみたいな印象しかないのですが』
「その通りでございます、お客様。では、ごゆっくりとご賞味下さい。また何かありましたらお声掛け下さい」
パチン。
『もう帰りたいのですが』
「中途退席はルール違反でございます。どうしても、というのでございましたら、桁違いのご請求をさせていただく事になりますが」
『ぼったくりじゃないか!』
「シェフへの侮辱とみなしまして、傷ついた彼への慰謝料という名目でございます」
『客への配慮はないのか』
「ございません」
二日酔いか、アタマが痛い。胃からせりあがってくるモノまで感じられる。もうこんな時間だというのに。