HAPPY! I SCREAM

妄想雑記

アイアムア

私はヤギです。ヤギとはいっても、1種類しかいないわけではないですが、別に種類の存在を主張したところで、人間には分かってもらえないでしょうから、割愛します。とりあえず、ヤギだということだけ分かってもらえればそれでいいんです。
私は、他の哺乳動物と同様、同じ種族の親の間に産まれました。ガラパゴス諸島という本来はヤギがいなかった環境にパパとママは連れてこられて、互いに出会い、私が生まれて、私はその親からどのように生きるかを学び、褒められ、けなされ、ようやく親元を離れたのです。ちょっと不安もありましたが、「自由」を謳歌するのに揚々としていたのも事実です。
ある程度、自分の生活を確保し、軌道に乗っているような生き方でした。山を越え、川を見つければ水を飲み、草を食んで、しばし目をつぶります。辺りが明るくなってきたら、また何となく歩を進めました。


そうして生きてるうちに、何のまえぶれもなく、硬く小さな物体が私の腹にブチこまれました。四肢までの神経を破壊され、私はその場に立つこともできずに倒れこみました。打ち込まれたものは、人間で言う「銃弾」でした。

私の生き方は何だったのでしょう?

親に幼少の頃にチラリと聞いた話では、「私たちヤギはこの場所に生きてはいけなかった」と言ってました。そのころその話の内容はよく分かりませんでしたが、親は何だか分からないうちに捕らえられ、人間にこの島に連れてこられたのだということです。急に鉄の檻に入れられ、命があったからまだ良かったものの、そこで同性の相手を見つけるまで大変な苦労をし、そして恋をしました。ようやく愛しい子供ができたところで、また「人間」の手によって離れ離れにされてしまった。



そして、その子供が私です。
私は、親から学んだこの場所での生き方を何とかモノにし、種として存続していく方法を考えていました。私たち「ヤギ」はなんだかよく分からないうちにこの場所に連れて来られ、そしてこの場所で生きて行きます。そういう決意が自然に心にできてきました。
だけど、今、「銃弾」に撃たれました。
撃たれた理由は分かりません。薄れていく意識の中、パパやママが言った言葉の中に、「人間には気をつけなさい」というのがありました。が、私は生まれてこの方、人間を見たことはありませんでした。





何でも、パパやママを勝手に連れてきたのが「人間」で、何年か後に別の人間の話し合いの中で、このガラパゴス島に私たち「ヤギ」は多すぎると、判断されたようです。『勝手につれてきて、多く増えすぎたといったからと言って、また減らす』これが人間の他生物への生命の決定でしょうか?
そんなやり取りに巻き込まれ、私は鉄の塊を腹に受け、動かなくなりました。
この意識もそう長くは続かないでしょう。願わくば、望まずに生まれた場所を呪うより、生き方を見つけられなかったことに後悔の念をぶつけたい。

私がダラダラと述べたこの文章の中から、『人間』という単語を消したなら、私たちとある「ヤギ」の一生は変わっていたかも知れません。でもそれは、生を終えた私には叶わない願いなのです。