HAPPY! I SCREAM

妄想雑記

ジャーマンスープレックス


鼻孔をくすぐるいい匂いと、包丁がまな板にあたる心地よい音と、レースのカーテンが反射させる柔らかい陽ざし。わたしの今朝の目覚めは天国だった。


彼がキッチンに立ち、ザクッ、ザクッ、ザクッ、とレタスを刻んでいる。コンロの上の片手鍋から湯気がのぼっていて、かすかにコンソメの香りがする。


最初に断っておくけど、わたしがズボラなのではない。深夜に業務が終わる職業柄、ほんとうはまだ眠っていていい時間でもある。彼がキッチンに立っているのは、ほぼ彼の趣味といってもいい。


付き合い始めてしばらくして、少し年下の彼の趣味が料理であることを知った。ただ、セオリーなレシピに一つ手を加えてしまうのが彼の癖。ただ、だいたい良い方向へ味が変化するからとがめられない。


もう一つの癖は、わたしとの会話での語尾。付き合う前は友だちのように喋っていたのに、付き合って少ししてわたしのほうが年が上(少しだけ、ちょっとだけ)だとわかったらなんのこだわりかはわからないけれど「〜ッス」みたいに敬語になってない敬語を無理やり足してくるようになった。だからわたしとしゃべっている時の彼の日本語はちょっと変。


嗅覚と聴覚と視覚で穏やかな幸せを享受したわたしは起き上がることに決めた。すると見計らったように彼が朝ごはんを盛りつけはじめる。


運ばれてきたのは目玉焼きを乗せたトーストと、レタスと溶き卵のコンソメスープ、フルーツヨーグルト。それぞれわたしの分だけ。ここも彼の変なこだわりで、彼は自分のために料理を作らない。「味見してるうちにお腹いっぱいになったッス」とよく言っているけれど、たぶん本当はわたしの部屋のわたしの冷蔵庫の食材を使ってタダ飯にありつくのは引け目を感じているからだと思っている。


「いただきます」と両手をあわせ、スープを一口すする。トーストに手をのばしながら「あなたも食べればいいのに」と話しかける。『味見してるうちに腹いっぱいになったッス』と笑いながら彼は言う。トーストとスープでどう味見をしたらそんなにお腹いっぱいになるのかと、わたしはツッコむ。彼はまた変な日本語でしぶしぶ言う。『じゃぁ、まぁ、スープくれッス』