HAPPY! I SCREAM

妄想雑記

僕等はまだまだ旅の途中さ

行く宛てを決めず、鈍行列車に揺られる旅。





ボックスシートは空いていて、静か。
カーブにさしかかり聞こえる古いブレーキ音、到着駅を知らせるアナウンスもどこかゆっくりとしている。



ふと、開いたドアから潮の匂いがする。
ここで降りよう。




改札をでて案内板を頼りに東へ。この夏特有の日射しは、暑い。



決して大きくはない港から、それでもある程度の活気が伝わってくる。
降りた駅が「当たり」だと確信する。





港の手前には、魚を売る店が長屋のように連なっている。端のほうの店にめぼしをつけ、店先に並んだ発泡スチロールの列を見る。



奥の方から店のおばさんがサンダルをつっかけてやってきた。特に押しつけがましい風もない、夏の空とは反対の涼しい顔つき。魚屋の営みに自信があるのか。それとも主人の漁の腕に自信があるのか。



物色を続けながら、近くに持ち込みを料理してくれる店はあるか、聞いてみる。

おばさんはニコッとしながら、店のすぐ横をうながした。

料理屋は見えない。
疑問顔で振り返って見ると、家庭用のバーベキュー台が店の軒先のすぐ脇にあった。すぐ上の空気が、蜃気楼のようにゆらめいている。炭火もすでにいい感じらしい。
この魚屋も「当たり」と確信し、並んでいた中でも一番大きいホタテ貝を2枚買う。

手に持つと、それなりに重みもある。



一枚を殻のまま、バーベキュー台の上に置く。
もう一枚は殻を力を込めて開き、バックからナイフをとりだして身を外す。
「焼き」の方はまだ時間がかかるだろう。
外した殻を皿代わりに、ヒモとワタを丁寧にナイフで取っていく
なまめかしいツヤと色をした、大振りの貝柱だけになる。


店先に戻って奥をうかがうと、隅のほうにコカ・コーラの古いロゴが入った小さな冷蔵庫がある。
中には2、3種類のビールも冷えている。
銀色よりは金色の缶を選んで買い、ついでに醤油さしを借りる。どちらかというとビールはついでだった。



二つに割った殻の片方に、貝柱から外したワタの黒いトコを載せ、醤油で溶く。





ビールのプルタブに指をかけ、大げさに耳を近づけて音を聞く。

まずは「刺し」をそのまま一切れ。
潮の風味が、貝柱の甘味を引き立てる。

続いて、肝を溶いた醤油をつけて。
肝の苦味が、これまた貝柱の甘味を引き立てる。


「焼き」の殻がパカッと開いた。
この時、貝柱が付いてる面が下だと嬉しくなる。ムフフ。
コンロの上に置いたまま、醤油をチョロっと。熱された殻に蒸発して、香ばしい。

まずは貝柱の部分だけを。
熱が加わって甘味が増している。
次はヒモとワタと一緒に。
ザ・ホタテの味がする。苦味も甘味も香ばしさも、どの要素も欠かせない。

「刺し」で外したヒモを、コンロの上で炙る。
刺しの残りをつつきながら、口の中一杯に広がった旨味を、ビールで流し込む。



隣に、店のおばさんが三枚に卸した魚を持ってきた。



互いに皿を渡しつつ、不思議な光景の昼食。

おばさんは魚屋に嫁いだ始めの不安と、ご主人の酒癖の悪さを笑いながら明るく話してくれた。何だかんだ言っても、楽しいらしい。ビールの4本目のプルタブを空ける。





そう遠い距離じゃないし、季節の違う頃にもまた来るから、今度はご主人ともお会いしたいですねと残して、駅と向かった。





じゃらん楽天では、こんな旅の出会いまでは紹介も仲介も斡旋もできまい。


帰りの車内も空いている。
窓際にもたれて、漁から戻った主人を迎えるおばさんの姿や、いつになるかはわからないが再会の時の互いの笑顔を、目を閉じて想像する。店の奥でご主人は照れくさそうに焼酎でも飲んでるんだろう。





いつのまにか、ウトウトとしてしまっていて、気付いたらまた見知らぬ駅にいた。




「当たり」か「ハズレ」か、わからないけど改札をくぐる。





















っていう一人旅の妄想をしている間に、午前中は過ぎて行った。
寝坊さえしなければ、こんな旅ができていたかもしれないというのに。