HAPPY! I SCREAM

妄想雑記

「愚者(フール)」なのは、嘘をつく方か、騙される方か

4月だというのに寒く、冷たい雨が降る仙台駅のロータリーで、K村は人を待っていた。
車の後部座席のドアを開けて、来仙する本社の取締役のE藤を迎えるためだ。一昨日の午後、昼休憩を終えたK村に上司は「君にあさっていらっしゃる取締役の送迎を頼みたい。夕方の食事会までは時間が空くから、ちょっと市内をご案内さしあげてくれ。君なら適役だ」と言った。顔も知らないお偉いさんの相手なんて、無事務まるかどうか不安だったが、やるしかないと腹をくくった。デスクに回ってきた書類をスルーして、インターネットで観光所や仙台名物を味わえる店を探した。

息は白い。新幹線の到着予定時刻までもう少しだ。

中央改札を抜けてエスカレーターを降りたあたりから、迷いの無い足取りで大股に歩いてくる男を見つけた。左手にやや小ぶりの鞄、右手にたたまれた傘を持っている。高級そうな傘で、したたる水滴も綺麗に見える。その身なりと、向こうがK村に向かって視線をそらさずまっすぐに進んでくるので、K村は直感で「この人がE藤氏だな」とわかった。向こうはもしかしたらこちらの顔を何かで知っているのかもしれない、粗相があってはまずいと思い、近づいてきたE藤氏を迎えるように身体の角度を変え、「どうぞ」というように手を車内のほうへ向けた。「E藤さん、ようこそ仙台へ」と言うと、彼は微笑を浮かべて車へ乗り込んだ。
「ホテルのチェックイン時間までも少々お時間がありますし、どちらかへご案内致しますが、何かご希望はございますか?」昨日の晩、幾度となく繰り返し考えたセリフをすんなり言えた事に対し、K村はささやかながら自信をもった。「私用で悪いが、ちょっと寄りたい所があるんだ。広瀬通の一番町というところへ行ってくれないか」「了解しました。すぐ着きますよ」「助かるよ。しかし寒いね。向こうを出てくる時は晴れていたのに」「仙台も今日、急に寒くなったんですよ。朝までは晴れてたし、降る予報なんてでてなかったんですけどね」

ファッションビル沿いに停車したところでK村は「この辺でよろしいですか?」と言った。「あぁ、すまないね。すぐ済むと思うから、ここで待っていてくれないか?ここら辺は駐禁も厳しいようだし」「かしこまりました」E藤は仙台駅で迎えた時と同じように、颯爽と歩いて行き、すぐに見えなくなった。

K村は曇り始めた窓ガラスを袖でぬぐい、流れる車を目で追いながら待っていた。昼食用にリサーチしていた牛タン屋までのルートを思い返しながら。

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I橋は急いでいた。家を出る際、来て行く服に思いのほか時間をとられ、電車も何分か遅れた。仙台駅に着いたころには、出勤時間まで10分を切っていた。雨降りのため、ペデストリアンデッキではなく、1階まで降りてアーケードを行くつもりだったが、そこで一つの賭けにでた。
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K村の携帯が鳴る。上司からだ。順調かどうか気になっているんだろう。「はい、K村です」「お前、今どこにいるんだ?」「広瀬通です。E藤さんがこの近くにご用があるらしくて」「は?ならば何故こっちにE藤さんから『迎えはどこ?』という電話がくるんだよ!本社のお偉いさんを、ましてや女性を待たせるなんて仙台支社の名折れだろうが!!」「女性?E藤さんは男性じゃないんですか??」「馬鹿野郎!社報も読んでないのか!年度変わりから新取締役になったE藤さんの抱負がデカデカと載ってたのを見てないのか!男性役員なら秘書課の人間をまわすにきまってるだろうがぁ!!」


駅までUターンの車内で、K村は焦りと混乱で一杯だった。『E藤さんは女性?なら今まで乗っていたさっきまでの"E藤"氏は誰だ?』
そういえば『東京は晴れていた』と言っていたのに、傘は濡れていた。『一番町周辺が駐禁の厳しい所』だとも知っていた。
それより以前に『なぜこの車に自然に乗ってきたのだろう』





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I橋は車を降りたあと、早歩きで会社へ向かった。やれやれ間に合いそうだ。賭けは成功だ。車に乗る時に一瞬、たじろいだがバレていないようで思わずニヤリとしてしまった。

罪悪感もなくはなかったが、「今日はエイプリルフールだし」と考えないことにした。